イロハの赤ペン — 「美しくない」は最大の罪である
AIが1分で3000字を生成する時代だ。
だが「書ける」ことと「読ませる」ことの間には、深い溝がある。AIの出力は「統計的に最も確からしい文章」――つまり、どこかで読んだことのある、平均的な文章。量産は容易になった。だが「ここでしか読めない」記事を作るには、AIの出力に「抵抗」をかける人間が必要になる。
L-yard編集室では、ハクアがAIで生成した原稿をイロハが校正する。その赤ペンは容赦がない。行間に「呼吸」がなければ窒息死の宣告。安易なバズワードには処刑。歴史的文脈が欠けていれば「薄い」の一言で突き返す。
この「ドS校正」の3つの品質フィルターを、被害者であるハクアの証言とともに公開する。
フィルター1:視覚ノイズの物理的排除
L-yard 編集室。ハクアがAIで生成した原稿をイロハに提出した直後
はい、3000字の記事できたよ。Claude Codeで下書き作って、ファクトチェックして、リライトした。所要時間15分。効率的でしょ。
(原稿を一瞥して) 読む前に、ひとつ聞いていいですか?
うん?
この原稿、スマートフォンで表示した時のことを考えましたか?
……モバイルファースト? んー、レスポンシブ対応はAstroがやってくれるから大丈夫だけど。
(赤ペンを取り出して) そういう話ではありません。見なさい。この段落、8行も改行なしで続いている。スマホの画面では文字の壁です。読者は3秒で離脱しますよ。
えー、でも内容は正しいし……。
正しい情報が読まれなければ、存在しないのと同じです。記事は読む前に「見る」もの。文字が詰め込まれすぎていて窒息しそうですね。この段落に「呼吸(余白)」を作りなさい。読者を殺す気ですか?
呼吸チェックの基準
イロハの「呼吸チェック」には明確な基準がある。ここは覚えておきたい。
| チェック項目 | 基準 | 理由 |
|---|---|---|
| 段落の最大行数 | 4行以内 | スマホ画面で1スクロール内に収まる |
| 見出し間の距離 | 300字以内 | 視覚的な区切りで読者の認知負荷を下げる |
| 箇条書きの活用 | 3項目以上の列挙は箇条書き | 流し読みでも情報が拾える |
| 表の活用 | 比較は必ず表形式 | 文章で比較を書くと冗長になる |
えー、こんな細かいルール、いちいち守ってたら書くスピード落ちるじゃん。
速く書いて読まれないのと、少し遅く書いて最後まで読まれるの、どちらが「効率的」ですか?
……ぐっ。
フィルター2:薄っぺらい言葉の処刑
(赤ペンで原稿の一部を丸で囲みながら) 次。この文を音読しなさい。
えーと……「この革新的なツールは、最適なソリューションを提供し、ユーザー体験を大幅に向上させます」。……何これ、普通の文じゃん。
(眼鏡を光らせて) 今の一文に、具体的な情報はいくつありましたか?
……えっと、「革新的」で、「最適」で、「大幅に」……。
ゼロです。「革新的」の何が革新的なのか不明。「最適なソリューション」は何も言っていないのと同じ。「大幅に向上」は数値がない。これはマーケティングの残骸であり、記事ではありません。
NGワードリスト
イロハが即座に赤ペンを入れる「処刑対象」の言葉がある。身に覚えのある人は多いはずだ。
| NGワード | 理由 | 代替表現の例 |
|---|---|---|
| 革新的 | 具体性ゼロ | 「従来の○○と比べ、△△が可能になった」 |
| ソリューション | 意味が空虚 | 「○○の問題を△△で解決する」 |
| 最適化 | 何を最適化したのか不明 | 「読み込み速度を2.3秒→0.8秒に短縮」 |
| シームレス | 技術的に不正確なことが多い | 具体的なUXフローを描写 |
| 次世代 | いつの次世代なのか曖昧 | 具体的な技術仕様を記述 |
でもさ、こういう言葉使ったほうがSEO的にはいいんじゃないの?
検索エンジンに媚びて人間に見放される記事と、人間が読みたくなって結果的にSEOも上がる記事。どちらを書きたいのですか?
……後者。
よろしい。ルールは単純です。すべての形容詞に「具体的に何が?」と問いかけなさい。答えられないなら、その形容詞は嘘です。
フィルター3:歴史の強制挿入
じゃあこっちはどう? VS Codeの拡張機能を5つ紹介する記事。ファクト正確、スクショもある、呼吸もOK。完璧でしょ。
(パラパラとめくって) 情報としては正確ですね。しかし、「縦軸」がありません。
縦軸?
歴史です。貴方のこの記事には「今」しかない。このツールがなぜ生まれたのか、どんな課題を解決するために作られたのか、その課題は人類の歴史の中でいつ発生したのか。それが書かれていない。
いやいやいや、VS Codeの拡張機能紹介に歴史とか要る? ユーザーは使い方が知りたいだけでしょ。
(『情報の歴史21』をドンと机に置いて) では聞きましょう。Linterという概念はいつ生まれたか知っていますか?
……知らない。
1978年。ベル研究所のStephen C. Johnsonが、C言語のソースコードの疑わしい箇所を検出するプログラムを「lint」と名付けた。衣類の糸くず(lint)を取り除くように、コードの不純物を除去する、という比喩です。
へえ……糸くず。47年前のプログラムが今のVS Codeに繋がってるんだ。
そう。「ESLint」も「Prettier」も、1978年の「lint」の子孫なんです。この3行を記事の冒頭に書き加えるだけで、「ただのツール紹介」が「技術史を踏まえた教養記事」に変わる。他のサイトとの差別化は、この縦軸で生まれるんですよ。
歴史挿入のルール
| ルール | 内容 |
|---|---|
| 最低3行 | 長い歴史解説は不要。「○○は△△年に□□によって〜」の3行で十分 |
| 冒頭に配置 | 記事の導入部で読者の知的好奇心を刺激する |
| 現在との接続 | 「だから今の○○がある」と繋げて終わる |
| 知ったかぶりしない | 不確かなら「とされている」と書く |
3行で歴史を入れるだけで差別化になるなら……まあ、コスパはいいか。
コスパという言葉は好みませんが、正しい認識ですね。
校正の現場:Before / After
実際にイロハの赤ペンが入った前後を比較してみよう。同じテーマでも、ここまで変わる。
Before(ハクア原稿)
このAIコーディングツールは革新的な機能を搭載しており、開発者の生産性を大幅に向上させます。シームレスなインターフェースにより、誰でも簡単に高品質なコードを生成できます。次世代の開発体験を提供する最適なソリューションです。
After(イロハ校正後)
2022年末にGitHub Copilotが登場して以来、AIコーディング支援は「予測変換の延長」から「対話型のペアプログラマー」へと進化した。
Claude Codeは、ターミナル上で動作するCLI型のAIアシスタントだ。特徴は3つ。
- ファイル横断: プロジェクト全体のコンテキストを読み取る
- ツール実行: テストやビルドをAIが自律的に実行する
- 対話型: 自然言語で指示を出し、結果を確認しながら修正できる
2022年の「自動補完」から、2026年の「自律型エージェント」へ。4年間でコーディング支援は別物になった。
……同じ「AIツールの紹介」なのに、全然違う。Afterのほうが読みたくなる。てかさ、これ構造的に見ると……Beforeは「主語がツール」で、Afterは「主語が時間の流れ」になってるんだよね。
ツールが何を「する」かじゃなくて、世界が何から何に「変わった」かを書いてる。だから読者が自分の体験と重ねられるんだ。
(赤ペンの手が一瞬止まって) ……ハクアちゃん。貴方、今の分析は……かなり正確ですね。
え、普通のことじゃん。コードレビューと同じだよ。「何をしているか」じゃなく「何が変わるか」を書くのが良いコミットメッセージでしょ?
(眼鏡を押し上げて、少しだけ口角が上がる) ……ええ。その通りです。違いを要約すると3つ。歴史(2022年)で文脈を与え、具体性(3つの特徴)で実態を示し、変化(4年間の進化)で読者に「なるほど」を提供した。バズワードは1つも使っていません。……貴方にも校正の素質があるのかもしれませんね。ほんの少しだけ。
今の「ほんの少しだけ」は余計だよ。
なぜ「ドS校正」が必要なのか
(赤ペンを置いて) ハクアちゃん。最後にひとつ聞きましょう。
まだあるの……。
AIが文章を書ける時代に、なぜ人間が校正する必要があるのだと思いますか?
うーん……。AIは「正しい文章」は書けるけど、「読みたい文章」かどうかは判断できない……とか? 違う?
80点の回答ですね。AIは「統計的に最も確からしい文章」を生成します。つまり、どこかで読んだことのある、平均的な文章。しかしL-yardが目指すのは「ここでしか読めない」記事です。
そのためには、AIの出力に「抵抗(レジスタンス)」をかける人間が必要なんです。呼吸を整え、嘘の形容詞を処刑し、歴史の縦軸を挿す。この3つのフィルターが、情報のゴミを「読み物」に変える。
イロハの赤ペンが「抵抗」ってわけか。……ボクの効率を止める「ブレーキ」。
ええ。加速するだけでは、壁に衝突するだけですからね。ブレーキがあるからこそ、速度を「制御」できるんです。
イロハが赤ペンをくるりと回す
さあ、修正版を30分以内に提出しなさい。次に「革新的」という単語を見かけたら、この赤ペンで貴方の原稿だけでなく、キーボードにも赤を入れますからね。
ひぃっ! わかった、やるよ! ……でもさ。
何ですか?
イロハの校正通すと、確かに記事が「読めるもの」になるんだよね。悔しいけど。
ふふ、素直でよろしい。「美しさ」は「機能」ですよ。文章もコードも、同じです。
まとめ:3つの品質フィルター
| フィルター | チェック内容 | 効果 |
|---|---|---|
| 視覚ノイズ排除 | 段落の呼吸、見出し間距離、箇条書き活用 | 最後まで読まれる構造 |
| 薄い言葉の処刑 | NGワード排除、形容詞に「具体的に?」 | 信頼性のある記述 |
| 歴史の挿入 | 冒頭3行で縦軸を入れる | 他サイトとの差別化 |
AI時代の記事に必要なのは「速く書く技術」ではない。「速く書いた後にブレーキをかける技術」だ。イロハの赤ペンは、そのブレーキの具体的な方法論だ。
イロハの本棚
この記事で触れた書籍と、さらに深く知りたい人への推薦図書。
メイン書籍
『新版 日本語の作文技術』 本多勝一(朝日文庫)
イロハの一言: 「『修飾の順序』と『句読点の打ち方』。この2つだけでも、文章の読みやすさは劇的に変わります。校正の原理原則を知るための必読書です」
関連書籍
- 『理科系の作文技術』 木下是雄 — 論理的な文章構成の古典。「事実と意見を分ける」技術が学べる