Episode 0:レイヤーの交差点 — L-yard編集室はこうして始まった
ハクア
イロハ
culture 対話形式

Episode 0:レイヤーの交差点 — L-yard編集室はこうして始まった

効率至上主義のハクアと美学の守護者イロハ。1kgの鈍器、シムレーシング中毒、焦げたマザーボード。互いの裏設定を暴き合い、5 Pillarsが生まれた一夜の記録。

L-yard編集室ハクアイロハ編集工学対話

Episode 0:レイヤーの交差点

深夜2時37分、L-yard編集室。

編集室の全景 — 左の青白いモニター光と右の暖色デスクランプ、2つの世界が同居する空間


加速するノイズ

ハクアがキーボードを高速で叩いている。Cherry MX黒軸の重い打鍵音が、1秒12回のペースで響く

ハクア
ハクア

よし、Webデザインのトレンド記事、完了。キーワード密度3.2%、h2が5本、内部リンク4つ。SEO満点。次、AIツール比較……5分で終わるかな。その次サブスク比較。今夜中に15本いけるかも。

エナドリの缶を傾けるが、中身はもうない。舌打ちして新しい缶を開ける。プシュ

ハクア
ハクア

ねーイロハ、次のキーワード頂戴。AIが温まってるうちに量産しちゃうから。

イロハは分厚い本を読んでいた。しおりを挟む。本を閉じる。その動作に3秒かかる。ハクアなら0.5秒で閉じる

イロハ
イロハ

……ハクアちゃん。貴方が今「量産」したそのテキスト、誰かが読みたいと思うのですか?

ハクア
ハクア

はあ? SEO対策済み、構造バッチリ、3,000字。Googleの1ページ目に載るスペックだよ。何が不満なの。

イロハ
イロハ

全部です。行間に「呼吸」がない。配色に「季節」がない。検索エンジンに食わせるテキストであって、人間を相手にしていない。

ハクア
ハクア

ユーザーは情報を求めてるんだよ。情緒なんて読み込み速度の邪魔だし。Largest Contentful Paintに「季節感」のスコアなんてないでしょ。

イロハ
イロハ

……。

ハクア
ハクア

現実問題として、コンテンツの量がないとドメインパワーが――

イロハ
イロハ

ドメインパワー。

イロハの声が一段低くなる。ハクアは経験的に、これが危険信号だと知っている

イロハ
イロハ

それは検索エンジンの都合であって、読者の都合ではありません。……貴方はL-yardを「ノイズ」にしたいのですか?

イロハがハクアのモニターの電源コードに手をかける

ハクア
ハクア

ちょっ、やめっ……物理はやめて! 保存してないんだけど!

イロハ
イロハ

保存する価値があるものを書いてから言いなさい。

ハクア
ハクア

(電源コードを死守しながら) 横暴! これだから文系は……!

イロハ
イロハ

(手を離して) ……ふう。まあいいでしょう。ただし――

デスクに戻り、1kgの分厚い本を片手で持ち上げる

イロハ
イロハ

この本を3ページだけ読みなさい。ランダムに開いて。

ハクア
ハクア

嫌だよ。重いし。てかなんでボクがそんなの読まなきゃ――

イロハ
イロハ

3ページ。それが嫌なら、今夜生成した記事を全部、私の前で朗読してもらいますが?

ハクア
ハクア

……3ページね。

A4変型判、516ページ、約1kg。松岡正剛 編『情報の歴史21』。キーボード横に鎮座するその存在感

ハクアは渋々と本を受け取った。1kgがずしりと手に伝わる。適当にページを開いた。3ページ読めば終わる。そう思っていた。

ハクア
ハクア

……ねえ。これ、同じ行に「ファシズム」と「ジャズ」が並んでるんだけど。なにこれ。

イロハ
イロハ

ええ。同時代に起きたことですから。恐怖と享楽は同時に存在する。世界は単一のナラティブで語れるほど単純ではないんです。

ハクア
ハクア

……ちょ、待って。もうちょっと見ていい?

3ページのつもりが、いつの間にか20ページを超えていた

ハクア
ハクア

あっ。1969年。月面着陸とARPANET開始が同じ年。で、文化トラックにウッドストック、政治には反戦運動。「加速」と「抵抗」が同時に……って、今のAIブームとデジタルデトックスの流行と同じ構造じゃん。

イロハ
イロハ

(深く頷いて) その通りです。時代を超えた「見立て」。これが編集工学の醍醐味ですよ。

ハクアの手元でエナドリが冷め切っていた。3枚のモニターは相変わらず光っているが、この数十分、一度もキーボードに触れていない

ハクア
ハクア

……まあ、20ページ読んじゃったのはイロハには内緒ね。

イロハ
イロハ

(微笑んで) 聞いていないことにしましょう。


裏の顔

ハクア
ハクア

……確かに面白いのは認めるよ。でもさ、イロハ。

イロハ
イロハ

なんですか。

ハクア
ハクア

さっきから気になってたんだけど。……手、震えてるよ。

イロハの表情が一瞬だけ揺れる

イロハ
イロハ

……何のことでしょう。

ハクア
ハクア

休憩室から変な音が聞こえてたんだ。ガコンッ、ガコンッ、って。あれ、ステアリングがロックに当たる音でしょ。10Nmのダイレクトドライブ、またトルク上げすぎたんじゃない?

イロハ
イロハ

……「身体性の回復」と言いなさい。

ハクア
ハクア

出たよ美辞麗句。ボクのことは「効率中毒」って言うくせに、イロハだって「フォースフィードバック中毒」じゃん。先週なんか右腕に湿布3枚貼ってたし。

イロハ
イロハ

(少し間を置いて) ……デジタルの画面だけで仕事をしていると、世界に「重さ」があることを忘れてしまうんです。重さを忘れたデザインは軽い。軽いデザインは記憶に残らない。

ハクア
ハクア

はいはい。で、その「重み」で筋肉痛になって、今週の校正が3日遅れてるわけだ。ボクの原稿3本溜まってんだけど。

ハクア
ハクア

しかもイロハ、iRacingのレーティング、ボクより高いの知ってるんだよ? 「素人の嗜み」とか言ってたくせに。Safety Rating 4.8は「嗜み」のレベルじゃないでしょ。

イロハ
イロハ

(わずかに目を逸らして) ……走る以上は、安全に走るのは当然のことです。

ハクア
ハクア

先月のラップタイムログ見たからね。鈴鹿のスプーンだけで200回走ってる。0.01秒単位で削ってるじゃん。それ「安全走行」じゃなくて「執念」って言うんだよ。

イロハ
イロハ

(長い間を置いて) ……否定はしません。

ハクア
ハクア

自覚あるんじゃん。「身体性の回復」のせいで「編集業務」が止まるって、設計ミスもいいとこ――

イロハ
イロハ

……言いましたね。

イロハが眼鏡のフレームに手をかけ、クイッと上げる。「攻撃モード」の合図だ

イロハ
イロハ

人の弱点を突く前に、貴方はあの「粗大ゴミ」を片付けたらどうですか?

イロハの指がハクアのデスクの下を指す。黒い布で隠された一角

ハクア
ハクア

っ! ……それはゴミじゃないし! 触らないで!

慌てて布を引っ張るが、かえってずれて中身が露わになる

焦げたマザーボード、黄ばんだCD-R、そして奥に鎮座するトリニトロン管ブラウン管モニター

イロハ
イロハ

「効率」が口癖のTech担当が、「死んだ技術」を溜め込んでいるんですか。その下のスペース、SSDを3台は置けますよ。

ハクア
ハクア

……捨てられないんだって。

声が小さくなる。いつもの「効率至上主義者」の仮面が、音もなく剥がれる

ハクア
ハクア

(焦げたマザーボードを持ち上げて) これ、中学の時にお年玉全部つぎ込んで組んだ自作PCの残骸。オーバークロックに挑戦してコンデンサが「パンッ」って破裂してさ。部屋中焦げた匂いがして母さんに怒られた。でもあの時の「手応え」って、クラウドサーバーじゃ絶対に感じられないんだよ。

ハクア
ハクア

(黄ばんだCD-Rを持ち上げて) これはもう読めないディスク。中身は……昔、ネットの名もないプログラマーたちと交換した未完成のコード。「Kite」ってハンドルの人がいて、ボクのしょぼいコードを見て「面白い発想だね。こう書くともっとエレガントになるよ」ってリファクタリングしてくれた。ボクが「エレガント」って言葉をコードの文脈で聞いた最初の人。……でもある日、何の前触れもなく書き込みが止まった。ハンドルネームしか知らないから、連絡の取りようもない。ビット・ロットでこのディスクも死んだ。全部消えた。

イロハ
イロハ

……。

ハクア
ハクア

あとこのトリニトロン。液晶の黒は「バックライトが消えてるだけ」の黒。でもブラウン管の黒は「電子が届かなかった場所の闇」なんだよ。深さが違うの。……「本物の闇」って、デジタルの世界から消えちゃったんだ。

ハクア
ハクア

最新のAIもクラウドも、全部こういう「熱くて重くてうるさかった時代」の上に積み上がってる。0と1の間にある「揺らぎ」みたいなものがさ、なんか落ち着くんだよ。

長い沈黙

イロハ
イロハ

……ハクアちゃん。貴方、今とても「美しい」ことを言いましたよ。

ハクア
ハクア

……は? やめてよ気持ち悪い。急に褒めないで。

イロハ
イロハ

褒めているのではありません。事実を述べているだけです。焦げたマザーボードと最新クラウドの間に「繋がり」を見出し、読めないCD-Rの存在に「意味」を読み取る。……貴方は無意識に、情報を「編集」していたんですよ。

ハクア
ハクア

……ボクが?

イロハ
イロハ

ええ。「効率至上主義」の仮面の下に、こんな豊かな感性を隠し持っていたとは。

ハクア
ハクア

いや、感性とかじゃないし。技術的な特性の話をしてるだけだし。

イロハ
イロハ

(微笑んで) はいはい。


協定

午前4時。窓の外の空が、わずかに紺色に変わり始めている

イロハ
イロハ

なるほど。貴方は「過去」に情を抱き、私は「物理」に渇望を抱く。私たちは二人とも、デジタルの画面の中だけでは生きられない。

ハクア
ハクア

……まあ、そういうことになるのかな。効率は本当に大事だよ。ただ、効率で浮かせた時間を何に使うかは別の話でしょ。速く終わらせたいのは、焦げたマザーボードを眺めてボーッとする時間が欲しいからなんだよ。効率で稼いだ余白を、非効率で埋める。矛盾してるのは分かってるけど。

イロハ
イロハ

取引をしましょう、ハクアちゃん。貴方の「速さ」で私が思考する時間を作りなさい。ビルドの自動化、下書き生成、データ構造化。代わりに私が、貴方の無機質なテキストに「美学」と「物語」を与えてあげます。

ハクア
ハクア

……それって、Techが加速してDesignが深みを与えるってこと?

イロハ
イロハ

ええ。ただし条件があります。AIで生成したテキストは必ず人間の目で読み直すこと。そして1行でいいから「横のトラック」を足すこと。

イロハが1kgの本を持ち上げ、ハクアのデスクに歩み寄る

ハクア
ハクア

……いやな予感しかしない。

ドスン。1kgがデスクに着地する。エナドリの缶が微かに震える

イロハ
イロハ

これを、常にデスクに置いておきなさい。貴方が速さだけで暴走しそうになった時、この1kgの重みが引き戻してくれます。……鈍器ではなく「錨」です。

ハクア
ハクア

……重いよ。物理的にも哲学的にも。まあ、モニターの角度調整にはちょうどいいかも。

イロハ
イロハ

(眼鏡を光らせて) 用途が違います。

ハクア
ハクア

(ニヤリと) 冗談。……じゃあ、今夜書いた10本の記事、全部消す。

イロハ
イロハ

……え?

ハクア
ハクア

イロハの言う通りだよ。あれは「ノイズ」だ。ボクは人間に読まれるものが書きたい。最初の1本目、テーマはイロハが決めて。

イロハ
イロハ

(少し目を見開いて) ……では、「襲の色目」から始めましょうか。平安貴族の色の重ね方を、貴方のターミナルの配色に適用する。

ハクア
ハクア

平安の色でターミナルテーマ? ぶっ飛んでるけど面白そうじゃん。

イロハ
イロハ

その次は、この本の話を記事にしましょう。貴方のTech脳で、この鈍器の「使い方マニュアル」を書いてもらいます。

ハクア
ハクア

本のREADMEか。なるほど、それなら得意かも。

イロハ
イロハ

そしてサイトの構成も見直しましょう。今の4本柱に「Books」を加えます。5本の柱で骨格が完成する。

ハクア
ハクア

5 Pillarsね。/gaming/ /design/ /tech/ /life/ /books/ ……うん、全部カバーできる。

イロハ
イロハ

速い情報はTechとGamingが、遅い情報はBooksとDesignが担う。Lifeがその橋渡し。

ハクア
ハクア

(天井を見上げて) 加速で浮いた余白を、静寂で満たす。……L-yardのコンセプトそのものじゃん。

イロハ
イロハ

(驚いた顔で) ……聞いていたのですか。

ハクア
ハクア

聞いてたよ。……たまにはね。


窓の外が白み始める。青白いモニター光と暖色のデスクランプが、朝の自然光に溶けていく

ハクア
ハクア

(猫耳ヘッドフォンをかけ直しながら) さて、まずは襲の色目のCSSから組むか。

イロハ
イロハ

ええ。いい朝になりそうですね。

L-yardTech needs Design. Speed needs Silence.


イロハの本棚

この記事で触れた書籍と、さらに深く知りたい人への推薦図書。

メイン書籍

『情報の歴史21 — 象形文字から仮想現実まで』 松岡正剛 監修(編集工学研究所)

イロハの一言: 「5万年の人類史を1冊に圧縮した『問い生成エンジン』。この1kgの鈍器がなければ、L-yardは生まれませんでした」

関連書籍

  • 『増補版 知の編集工学』 松岡正剛 — 「見立て」「取り合わせ」「地と図」の3操作を理論的に学べる入門書
  • 『千夜千冊エディション 本から本へ』 松岡正剛 — 1,800冊超の書評連載を再編集。知の横断の実践例

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