Sipeed社のNanoKVM Proは、PiKVMの約1/3、TinyPilotの約1/4の価格で4K映像に対応した破格のIP-KVMデバイスだ。 ホームラボユーザーや小規模IT管理者にとって、BIOSレベルのリモートアクセスを$89から実現できる画期的な選択肢となっている。
2025年8月に発売された本製品は、初代NanoKVMで指摘されたセキュリティ懸念を大幅に改善し、完全オープンソース化を達成。ただし、成熟度ではPiKVMに一歩譲る面もあり、ミッションクリティカルな用途には注意が必要だ。
ハードウェア仕様:4K対応の小型パワーハウス
NanoKVM Proの心臓部にはAX630Cチップ(ARM Cortex-A53デュアルコア@1.2GHz)が搭載されている。1GB LPDDR4Xメモリと32GB eMMC内蔵ストレージの組み合わせは、競合製品のmicroSD依存設計と比較して高速かつ信頼性の高い動作を実現している。
映像処理能力は本製品最大の強みだ。入力は最大4K@30fps(非標準モードで4K@45fps)のキャプチャに対応し、HDMIループアウト端子で4K@60fps出力も可能。これにより、ローカルモニターを接続しながら同時にリモートアクセスできる実用的な構成が組める。
レイテンシは50〜100ms(2K時約60ms)で、従来モデルの100〜150msから大幅に改善された。
| 項目 | NanoKVM Pro | NanoKVM Cube(無印) |
|---|---|---|
| 解像度 | 4K@30fps | 1080p@60fps |
| レイテンシ | 50-100ms | 90-230ms |
| ネットワーク | 1Gbps + WiFi 6 + PoE | 100Mbps |
| ストレージ | 32GB eMMC | microSD |
| サイズ | 65×65×28mm | 40×36×36mm |
本体は65×65×28mmのアルミニウム筐体で、パッシブ冷却設計によりファンレス・無音動作を実現。消費電力は通常3〜4W、AI機能使用時でも最大7Wに抑えられている。
2つのバリエーション:ATX版とDesk版の違い
NanoKVM Proは用途に応じて2種類のモデルが用意されている。
NanoKVM-ATX
サーバーラック内設置向けで、ハーフハイト/フルハイトのPCIブラケットが付属。側面に0.96インチOLED(128×64ピクセル)を搭載し、IPアドレスやストリーム状態を確認できる。
ATX電源制御ボード(KVM-B)経由でマザーボードの9ピンヘッダーに接続し、リモートから電源オン/オフ、ハードリセットが可能だ。
NanoKVM-Desk
デスクトップ使用向けで、前面に1.47インチタッチスクリーン(320×172ピクセル)と無限回転ノブを搭載。タッチ操作でIPアドレス確認や設定変更ができ、ノブで音量調整やスクロール操作にも対応する。
アノダイズ加工マット仕上げの高級感ある外観が特徴だ。
リモートアクセス機能:BIOSからクラウドまで
本製品の核心的価値は、ハードウェアベースのリモートアクセスにある。ホストPCにソフトウェアをインストールすることなく、BIOS/UEFI設定変更、OS再インストール、ブートデバイス選択といった低レベル操作がブラウザから実行できる。
仮想メディア機能
WebUI経由でISOファイルをマウントし、リモートからOSインストールが可能。32GB eMMCの約21GBが仮想USBストレージとして利用でき、複数のISOファイルを保存・切り替えできる。Microsoft公式サイトからISOを直接ダウンロードする機能も搭載している。
ネットワーク接続
1Gbpsイーサネットを標準搭載し、オプションでWiFi 6と**PoE(Power over Ethernet)**に対応。
特筆すべきはTailscale VPNがプリインストールされている点で、ポート転送なしにセキュアなリモートアクセスを即座に構築できる。ZeroTier、WireGuard、Cloudflare Tunnelsにも対応し、Wake-on-LAN機能でシャットダウン中のPCもリモート起動可能だ。
価格と入手方法
NanoKVM Proの価格は構成により**$69〜$119**で推移している。
| 購入先 | ATX版 | Desk版 | 備考 |
|---|---|---|---|
| Sipeed公式 | $69〜 | - | 最安だがPayPal手数料・送料別 |
| AliExpress | $89〜$109 | $99〜$119 | Desk版は在庫切れ傾向 |
| Amazon US | $88〜 | - | Prime配送対応 |
| Amazon JP | 約8,000〜10,000円 | - | 配送6-7日程度 |
WiFi 6モジュールとPoEモジュールは各数ドルの追加で選択可能。LED同期ストリップ(画面縁の雰囲気照明)は約$20で別売りされている。
なお、2026年1月時点で一部で€140程度まで上昇しているとの報告もあり、購入時は複数サイトで比較することを推奨する。
競合比較:PiKVM、TinyPilot、JetKVMとの違い
IP-KVM市場には複数の選択肢があるが、NanoKVM Proは価格対性能比で際立っている。
PiKVM V4 Plus($265〜$275)
完全オープンソースのゴールドスタンダードで、成熟したエコシステムとコミュニティを持つ。しかし解像度は1080p@60fps止まりで、NanoKVM Proの約3倍の価格だ。ATX配線がやや複雑で、技術的知識を要する点も初心者には障壁となる。
TinyPilot Voyager 3($399)
商用サポートが充実した「プラグ&プレイ」製品だが、1080p@24fpsと低いフレームレート、ATX制御非搭載(別売り)、そして最も高い価格がネックだ。エンタープライズ環境でのサポートを重視する場合は検討に値する。
JetKVM($69)
Kickstarterで$5.9M以上を調達した注目の競合で、30〜60msという最低レイテンシと無料クラウドサービスが強み。ただし1080p止まりでWiFi非対応、オーディオ伝送もできない。
NanoKVM Proの優位点
- 唯一の4K対応
- HDMIループアウト
- WiFi 6 + PoE対応
- PiKVMファームウェアとの互換性
ユーザー評価:高い満足度と残る課題
NAS Comparesのレビューでは4/5点の評価を獲得。実際のユーザーからは「50ドルでBIOSアクセスと仮想USBブートができるのは魔法のよう」「PiKVMより圧倒的に安い」といった称賛の声が多く聞かれる。
課題として指摘されている点
- 入力遅延:特にTailscale経由で顕著。「Microsoft Remote Desktopよりはるかに遅い」との声も
- HIDデバイスの不安定さ:キーボード/マウスが突然停止し再起動が必要になることがある
- Desk版の回転ダイヤル:「作りが安っぽい」という評価も
セットアップは比較的簡単で、「ドキュメントを参照せずに接続できた」という声が多数。ただし、古いマザーボードでUSB電源が不足するケースや、S5状態でのUSB電源維持設定が必要な点は注意が必要だ。
セキュリティと信頼性
2025年2月、初代NanoKVM(Cube)に文書化されていないマイクが内蔵されていることが発覚し、セキュリティコミュニティで議論を呼んだ。
Sipeed社はこれをLicheeRV Nanoボードの再利用が原因と説明し、意図的なバックドアではないと弁明。その後、以下の対策を実施した。
- ソースコードの完全オープンソース化(2025年2月以降)
- SSHのデフォルト無効化
- パスワード変更プロンプトの追加
NanoKVM Proではこのマイク問題は確認されていないが、中国製デバイスに対するプライバシー懸念を持つユーザーは一定数存在する。ミッションクリティカルな環境では、VLAN隔離やカスタムファームウェアの導入を検討すべきだろう。
開発状況と将来展望
GitHubリポジトリは約6,000スターを獲得し、活発なコミュニティが形成されている。ファームウェアは月1〜2回のペースで更新され、2026年1月16日にはv2.3.3がリリースされた。
2025年6月のv2.2.9ではセキュリティ脆弱性への重要な修正が行われており、更新が強く推奨される。
今後のロードマップ
- H.265エンコード対応の完全実装
- AIエージェント機能(自然言語でのPC操作)
- 4K@45fps対応の安定化
Sipeed社はPR貢献者にデバイスを進呈するなど、コミュニティとの協働を重視する姿勢を見せている。
まとめ:誰に最適なデバイスか
NanoKVM Proは、$89という価格で4K対応IP-KVMを実現した画期的な製品だ。
おすすめできる人
- ホームラボ愛好家
- IPMIを持たないサーバーを管理する技術者
- コスト重視でリモート管理ソリューションを求めるユーザー
他の選択肢を検討すべきケース
- 完全な信頼性を求めるエンタープライズ環境 → PiKVM V4またはTinyPilot
- 最低レイテンシを最優先 → JetKVM
NanoKVM Proはあくまで「価格対性能比の王者」であり、成熟度や長期サポートでは実績ある競合に一歩譲る点を理解した上での導入が賢明だ。
編集部の分析
コストパフォーマンス指数
各IP-KVM製品の「1ドルあたりの性能」を独自に算出した。
| 製品 | 価格 | 最大解像度 | レイテンシ | コスパ指数* |
|---|---|---|---|---|
| NanoKVM Pro | $89 | 4K (8.3MP) | 50-100ms | 93.3 |
| JetKVM | $69 | 1080p (2.1MP) | 30-60ms | 30.4 |
| PiKVM V4 Plus | $275 | 1080p (2.1MP) | 100-150ms | 7.6 |
| TinyPilot Voyager 3 | $399 | 1080p (2.1MP) | 100-200ms | 5.3 |
*コスパ指数 = 解像度(MP) ÷ 価格($) × 1000
NanoKVM Proのコスパ指数は93.3で、2位のJetKVM(30.4)の約3倍となっている。4K対応が指数を大きく押し上げている点に注目したい。
コミュニティ評価の傾向
Reddit r/homelab、r/selfhosted、および GitHub Issues を調査した結果、以下の傾向が確認された。
肯定的な評価が多いポイント:
- 価格対性能比への満足
- セットアップの容易さ(「箱から出して10分で動作」)
- PiKVMファームウェアとの互換性
- 4K対応による視認性の向上
課題として挙げられるポイント:
- Tailscale経由での体感遅延
- HIDデバイス(キーボード/マウス)の不安定さ
- Desk版の回転ダイヤルの質感
- 日本語ドキュメントの不足
購入チャネル別の実質コスト試算
日本からの購入を想定した場合の総コストを試算した(2026年1月時点、ATX版)。
| 購入先 | 本体価格 | 送料 | 関税リスク | 合計目安 |
|---|---|---|---|---|
| Sipeed公式 | $69 | $15-25 | あり | 約13,000-15,000円 |
| AliExpress | $89-109 | 無料〜$10 | あり | 約14,000-18,000円 |
| Amazon JP | 8,000-10,000円 | 無料 | なし | 8,000-10,000円 |
Amazon JPは在庫が安定していれば最も手軽だが、価格変動が大きい。長期的に使う前提であれば、公式ストアからの購入が最安となる可能性が高い。
検討のポイント
NanoKVM Proが向いているケース
- ホームラボで複数台のサーバーを管理している → BIOSアクセスの頻度が高い
- IPMIを持たないマシンがある → 古いPCやワークステーションの管理に最適
- 予算を$100以下に抑えたい → 競合製品の1/3〜1/4の価格
- 4Kモニターを使用している → 唯一の4K対応IP-KVM
- 将来のカスタマイズを想定 → オープンソースでファームウェア改変可能
他製品を検討すべきケース
- エンタープライズ環境での利用 → PiKVM V4 Plus(成熟度・安定性重視)
- 最低レイテンシが最優先 → JetKVM(30-60msで最速クラス)
- 商用サポートが必要 → TinyPilot Voyager 3(有償サポート付き)
- 中国製デバイスへの懸念がある → PiKVMまたはTinyPilot
購入前の確認事項
- マザーボードのUSB電源供給: S5(シャットダウン)状態でもUSB給電が維持されるか確認
- ATX電源制御の配線: 9ピンフロントパネルヘッダーへの接続が可能か確認
- ネットワーク環境: Tailscale/WireGuardでのリモートアクセス設定の可否
- 設置スペース: ATX版はPCIスロット、Desk版はデスクトップ設置