藍染めの歴史|ジャパン・ブルーの系譜
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藍染めの歴史|ジャパン・ブルーの系譜

なぜ日本は「藍の国」と呼ばれたのか。阿波藍から武士の勝色、そしてラフカディオ・ハーンが驚いた「Japan Blue」の世界へ。プロシアンブルーとは異なるもう一つの青の系譜を辿る。

藍染めJapan Blue阿波藍色彩史染色

藍の国

1890年、日本に降り立ったギリシャ生まれのイギリス人作家ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、横浜の街並みを見て驚きました。

暖簾、手拭い、着物、風呂敷、法被——目に映るもののほとんどが、藍色に染まっていたのです。

ハーンは書いています。「日本はまさに青の国である(Japan is a land of blue)」。

この「青」は、プロシアンブルーでもウルトラマリンでもありません。藍(インディゴ)——植物から抽出される、日本最古の染料です。なぜ日本はこれほど藍に染まったのか。その答えは、一枚の葉に始まります。


蓼藍——一枚の葉から始まる化学

日本で藍染めに使われる原料は、蓼藍(タデアイ)。タデ科の一年草で、高さ50〜80cmほどの、見た目は何の変哲もない植物です。

しかし、この葉にはインジカンという物質が含まれています。インジカンが加水分解されてインドキシルになり、空気中の酸素と反応してインジゴチンに変わる——これが藍色の正体です。

重要なのは、藍は染料として使うまでに複雑な発酵工程が必要ということです。

すくも——藍師の技

蓼藍の葉を収穫し、乾燥させ、水を打ちながら約100日間発酵させる。この発酵した藍葉を「すくも」と呼びます。すくもは微生物の力で藍の色素を凝縮させた、いわば藍の原料です。

このすくもを灰汁(あく)に溶かし、さらに発酵させて「藍建て」する。pH、温度、微生物のバランス——すべてが揃って初めて、布を青く染められる液が完成します。

合成インディゴが一瞬で色を出すのに対し、天然藍は半年以上の時間と職人の感覚を要する。この手間こそが、藍染めの色に奥行きを与えています。


阿波藍——徳島が日本を青く染めた

日本各地で藍は栽培されていましたが、江戸時代にその中心となったのが**阿波国(徳島県)**です。

吉野川の肥沃な土壌と温暖な気候が蓼藍の栽培に適しており、阿波藩は藍の専売制を敷いて産業を保護しました。最盛期の18世紀後半には、日本の藍の約7割が阿波産だったとされています。

阿波の藍商人たちは「藍大尽(あいだいじん)」と呼ばれ、莫大な富を築きました。徳島に今も残る藍商の屋敷は、その繁栄を物語っています。

藍の四十八色

「茶の四十八色」という言葉が有名ですが、藍にも同様に豊かな色名の体系があります。

  • 藍白(あいじろ) — ごく薄い藍。一度だけ浸けた色
  • 甕覗(かめのぞき) — 甕を覗いた程度の浅い藍
  • 浅葱(あさぎ) — 明るい青緑。新選組の羽織の色
  • 縹(はなだ) — 澄んだ青。万葉集にも詠まれた古い色名
  • 紺(こん) — 深い藍。最も濃く染めた色
  • 褐色(かちいろ) — 黒に近い極濃の藍。「勝色」とも書く

一枚の布を何度藍甕に浸すかで、薄い藍白から深い紺まで、無数の青が生まれます。日本語に青系統の色名が多いのは、藍染めという技術が言語そのものを豊かにした結果なのです。


武士の勝色——戦場の青

藍が日本文化に深く根付いた理由の一つに、武士との結びつきがあります。

藍の最も濃い色は「褐色(かちいろ)」と呼ばれますが、これが「勝色」と当て字されるようになりました。戦に勝つ縁起の良い色として、武士は下着から鎧の紐まで藍で染めたのです。

しかし、縁起だけではありません。藍には実用的な利点がありました。

  • 防虫効果 — インディゴには昆虫忌避作用がある
  • 消臭・抗菌 — 長期の行軍で衛生を保つ助けになる
  • 布の強化 — 藍染めは繊維を強くし、耐久性を高める

機能と象徴が重なったからこそ、藍は武士の色となり、やがて庶民の色にもなりました。


ジャパン・ブルー——海を渡った藍

1862年のロンドン万博、1867年のパリ万博。日本から送られた工芸品や浮世絵は、ヨーロッパの人々を驚かせました。

その中で特に注目されたのが、藍染めの布や着物でした。均一な色ではなく、濃淡の変化、絞りの模様、型染めの精緻さ——西洋には存在しない「青の表現」がそこにありました。

イギリスの化学者ロバート・ウィリアム・アトキンソンは、1874年に来日した際、日本中を覆う藍色を目にして**「Japan Blue(ジャパン・ブルー)」**と名づけたとされています。

プロシアンブルーとの対比

同じ「青」でも、プロシアンブルーと藍は対照的です。

プロシアンブルーは化学合成で生まれた顔料。1704年にベルリンの染料業者ディースバッハが偶然発見し、浮世絵に渡って「ベロ藍」として北斎の青を生み出しました。均一で鮮烈な青。

一方、藍は植物と微生物の発酵で生まれる染料。同じ甕で染めても、気温、湿度、発酵の状態で微妙に色が変わる。不均一で深みのある青。

西洋から来た化学の青と、日本で育まれた発酵の青——この2つの「青」が幕末の日本で出会い、世界の色彩文化を変えたのです。


藍は生きている

現代の日本で天然藍染めを続ける職人は、わずかです。合成インディゴの登場により、天然藍の需要は激減しました。しかし近年、サステナビリティへの関心から天然藍への注目が再び高まっています。

天然藍の染液は「生きている」と言われます。微生物が活動し続ける液体は、温度や栄養状態によって染まり方が変わる。職人は液の表面に浮かぶ泡——**「藍の花」**と呼ばれるもの——の色と形で、藍の状態を見極めます。

染めて、空気に触れさせ、また染める。その繰り返しのたびに、布は少しずつ青を深めていく。一度で完成する色ではなく、時間と手間をかけて育てる色——それが藍です。

ラフカディオ・ハーンが見た「青の国」は、もう街角にはありません。しかし藍の記憶は、浅葱色の新選組の羽織に、勝色の武具に、そして徳島の藍師たちの手に、今も受け継がれています。



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