襲の色目|平安貴族に学ぶレイヤード配色の美学
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襲の色目|平安貴族に学ぶレイヤード配色の美学

平安時代の貴族たちは、衣服の重ね方で季節と美意識を表現した。十二単に見る「襲の色目」の世界——桜襲、紅葉襲、雪の下……。1000年前の日本人が到達した、究極の配色美学を紐解く。

襲の色目平安時代十二単日本の伝統色配色

季節を「着る」という発想

現代の私たちは、季節に合わせて服を選びます。

夏は涼しげな白や青、秋は落ち着いた茶やボルドー。しかしそれは主に実用性——暑さ寒さへの対応が中心です。

1000年前の平安貴族たちは違いました。

彼らは衣服の色を通じて季節そのものを表現しようとしたのです。それも単色ではなく、幾重にも重ねた衣の色のグラデーションで。

この美意識の結晶が「襲の色目(かさねのいろめ)」です。


十二単——重ね着の極致

平安時代の宮廷女性が着用した「十二単(じゅうにひとえ)」。

正式には「女房装束」や「五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)」と呼ばれるこの衣装は、その名の通り多くの衣を重ねて着用しました。実際には12枚ではなく、時代や場面によって5枚から20枚以上まで変化しましたが、「重ねる」ことが本質でした。

なぜ重ねたのか

重ね着には実用的な理由もありました。平安時代の宮廷建築——寝殿造——は壁が少なく、冬は寒かったのです。

しかし真の理由は美的表現にありました。

衣の袖口や裾から、下に着た衣の色がわずかに覗く。その色の重なり——グラデーション——が、着る人の美意識と教養を示したのです。

「五衣(いつつぎぬ)」の構造

十二単の核となる「五衣」は、5枚の単衣(ひとえ)を重ねたものです。

表に見える衣

【1枚目】最も外側 ← 濃い色
【2枚目】
【3枚目】       ← グラデーションの中間
【4枚目】
【5枚目】最も内側 ← 淡い色

下着(単・袿)

この5枚の色の組み合わせに、厳密なルールと無限のバリエーションが存在しました。


襲の色目——季節を表す配色

「襲の色目」とは、衣を重ねたときに生まれる配色の体系です。

平安時代の宮廷では、季節ごとに「ふさわしい」色の組み合わせが定められていました。これを間違えると教養がないとみなされ、恥をかくことになります。

春の襲の色目

名称配色表現するもの
桜襲(さくらがさね)表:白 / 裏:赤または紅梅桜の花びら
紅梅襲(こうばいがさね)表:紅梅 / 裏:蘇芳紅梅の花
柳襲(やなぎがさね)表:白 / 裏:青または緑柳の若芽
若草襲(わかくさがさね)表:薄青 / 裏:紫春の若草

桜襲は最も有名な配色の一つです。表地は白、裏地は淡い紅。袖口から裏地の紅がわずかに覗くと、まるで桜の花びらが風に舞うような印象を与えます。

夏の襲の色目

名称配色表現するもの
卯の花襲(うのはながさね)表:白 / 裏:青または薄緑卯の花(ウツギ)
若楓襲(わかかえでがさね)表:青 / 裏:黄新緑の楓
百合襲(ゆりがさね)表:赤 / 裏:朽葉または黄百合の花
撫子襲(なでしこがさね)表:淡紅 / 裏:緑撫子の花

夏は涼しげな青や緑が増え、軽やかな印象の配色が好まれました。

秋の襲の色目

名称配色表現するもの
紅葉襲(もみじがさね)表:朱 / 裏:青または緑紅葉した楓
枯野襲(かれのがさね)表:薄青 / 裏:黄枯れ始めた野原
朽葉襲(くちばがさね)表:黄 / 裏:茶または赤落ち葉
菊襲(きくがさね)表:黄 / 裏:白菊の花

紅葉襲は表が朱色、裏が青または緑。赤く色づいた葉の表面と、まだ緑を残す裏面を表現しています。自然をよく観察しなければ生まれない配色です。

冬の襲の色目

名称配色表現するもの
雪の下襲(ゆきのしたがさね)表:白 / 裏:紅または蘇芳雪の下の紅葉
枯色襲(かれいろがさね)表:薄香 / 裏:青枯れた草木
氷襲(こおりがさね)表:白 / 裏:白または薄青
松襲(まつがさね)表:青 / 裏:紫常緑の松

雪の下襲は特に詩情に富んだ配色です。白い雪の下に、まだ残る紅葉の赤。季節の移ろいを一枚の衣の中に封じ込めています。


表と裏——二重の美

襲の色目の特徴は、表と裏で異なる色を使うことにあります。

現代の衣服は表裏同色が普通です。しかし平安貴族の衣は、表地と裏地が異なる色で染められていました。

「映え」の構造

衣を着ると、裏地は完全には隠れません。

  • 袖口(袂)から裏地が覗く
  • 裾が翻ったとき裏地が見える
  • 重ねた衣の間から下の衣の色が見える

この「チラ見え」が美を生み出しました。

表地だけを見れば白い衣。しかし動くたびに袖口から紅がひらめく——これが桜襲の真骨頂です。

匂い・薄様・村濃

襲の色目には、さらに繊細な技法がありました。

技法説明
匂い(におい)薄い色から濃い色へのグラデーション
薄様(うすよう)濃い色から薄い色へ(匂いの逆)
村濃(むらご)まだらに濃淡をつける染め

例えば「紅の匂い」は、最も外側が淡い桜色、内側へ行くほど濃い紅になる配色です。5枚の衣が桜から深紅へとグラデーションを描きます。


枕草子と源氏物語——文学に見る配色美

平安文学には、襲の色目への言及が数多く登場します。

枕草子

清少納言の『枕草子』には、配色の美しさを賞賛する段があります。

「すさまじきもの……衣の色あはせ、たがひたる」

——興ざめなもの……衣の色合わせが間違っているもの

配色を「間違える」ことは、平安貴族にとって大きな恥でした。清少納言はこれを「すさまじきもの(興ざめなもの)」として記録しています。

源氏物語

紫式部の『源氏物語』では、登場人物の衣の色が詳細に描写されます。

若紫の巻で、幼い紫の上は「山吹襲(やまぶきがさね)」を着ています。これは春から初夏の配色で、幼さと春の生命力を象徴しています。

物語が進むにつれ、紫の上の衣は「紅梅襲」「桜襲」と変化し、やがて晩年には「枯野襲」へ。衣の色が登場人物の人生の季節を暗示しているのです。


なぜ平安貴族はこれほど配色にこだわったのか

平安時代の宮廷社会には、いくつかの特殊な条件がありました。

1. 御簾(みす)越しのコミュニケーション

平安貴族の女性は、原則として男性の前に姿を現しませんでした。御簾(すだれ)越しに声だけで会話し、手紙で想いを交わしました。

唯一、姿の一部を見せられるのが衣の裾や袖です。

御簾の下から覗く衣のグラデーション——それだけがその女性の美意識を示す手段でした。だからこそ配色に命をかけたのです。

2. 「色好み」という教養

平安時代の「色好み(いろごのみ)」は、現代とは異なる意味を持ちました。

恋愛だけでなく、美への感受性全般を指す言葉でした。和歌を詠む才能、季節を愛でる心、そして衣の配色の妙——これらすべてが「色好み」の範疇でした。

配色を理解することは、教養人の必須条件だったのです。

3. 宮廷儀式との結びつき

年中行事——正月の拝賀、三月の曲水の宴、五月の端午、七月の相撲の節会——それぞれに「ふさわしい」色がありました。

儀式にふさわしくない色を着ることは、単なるファッションミスではなく、宮廷秩序への反逆とみなされる場合もありました。


現代に生きる襲の色目

平安時代から1000年。十二単を日常的に着る人はいなくなりました。

しかし襲の色目の美意識は、現代の日本文化に脈々と受け継がれています。

和菓子

季節の和菓子は、襲の色目と同じ発想で作られています。

春の「桜餅」は薄紅と緑(道明寺)、秋の「栗きんとん」は黄と茶。色で季節を表現し、食べる前から季節を味わわせる——これは襲の色目の精神そのものです。

着物の「八掛(はっかけ)」

現代の着物にも、襲の色目の名残があります。

裾の裏地「八掛」は、表地とは異なる色を使うことが多く、歩くときや座るときにチラリと見えます。桜色の着物に紅の八掛、紺の着物に朱の八掛——1000年前と同じ美意識が息づいています。

グラフィックデザイン

襲の色目の配色体系は、現代のデザインにも応用可能です。

  • 季節感のあるWebデザイン: 春のキャンペーンに桜襲の配色
  • グラデーション: 「匂い」「薄様」の技法
  • ブランドカラー: 和のテイストを持つ配色の参考

色で季節を読む能力

現代人は、どれだけ季節の色を意識しているでしょうか。

平安貴族たちは、桜のつぼみの色、紅葉し始めた楓の葉の表と裏、雪に埋もれた南天の実——そういった自然の細部を観察し、衣の配色に写し取りました。

襲の色目は、単なる「昔のファッション」ではありません。

それは自然を見つめ、季節を感じ、美を表現するという、日本文化の根幹にある態度そのものでした。

今日、窓の外の景色を眺めてみてください。

その色は、1000年前の貴族たちが衣に織り込んだ色と、どこかで繋がっているかもしれません。



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