ポイント経済圏の地図を描く——「お得」の正体を知っているか
楽天カード、PayPayカード、dカード、Amazon Mastercard。どれも年会費無料、基本還元率1%。
「どのカードがお得か」を比較する記事は山ほどある。だが、少し視点を変えてみよう。なぜ4社とも「1%」なのか。なぜ私たちは「経済圏」という言葉を当たり前のように使うのか。そして、ポイントを貯めている私たちは、本当に「得をしている」のか。
1%の設計図
L-yard 編集室。ハクアがスマホの家計簿アプリを睨んでいる
ねえイロハ、先月の楽天ポイント見てよ。SPU最大化して3,200ポイントも貯まった。月額換算で3,200円の節約だよ?
あら。それはずいぶん研究なさったんですね。
当然じゃん。楽天カードは楽天市場で3%、楽天ペイで1.5%、楽天モバイル契約でSPU+3倍……全部積み上げると、結構バカにならない。
ではハクアちゃん、ひとつ聞いてもよろしいですか。なぜ、楽天もPayPayもdカードもAmazonも、基本還元率が「1%」なのでしょう?
え? ……競争してたらそうなったんじゃない?
仮にある企業が「基本2%還元」を出したら、どうなると思いますか?
そりゃ、みんなそっちに流れるでしょ。
ですわよね。では、なぜどの企業もそれをしないのか。
……コスト的に無理、とか?
(眼鏡をクイッと上げて) 半分正解ですわ。もう半分は「する必要がない」からです。1%は、消費者が「もらえて嬉しい」と感じる最低限の閾値。これ以下だと「ケチだ」と思われ、これ以上にすると利益が削れる。1%は偶然ではなく、設計された均衡点なんですの。
行動経済学では、これを「参照点効果」と呼ぶ。消費者は「1%還元が普通」という基準を持ち、そこからの上振れ(SPUで3%、特約店で5%)を「お得」と感じる。企業は基本の1%を維持したまま、自社サービス内での還元率だけを上げる。こうすることで、消費者は「お得を求めて」自発的に経済圏の中へ入っていく。
……つまり、1%は撒き餌ってこと?
撒き餌というより、地図の入口ですわね。1%で門をくぐらせ、SPUやキャンペーンという道標で奥へ誘導する。気づいたときには、経済圏の中心にいる。
経済圏という名の地図
いやでもさ、経済圏って結局便利じゃん。楽天カードで楽天市場で買って、楽天銀行に引き落として、楽天モバイル使って——全部繋がってるから管理がラクなんだよ。
「便利」ですわね。では、もう一度質問です。ハクアちゃんは楽天市場で買い物をするとき、他のサイトの価格を比較していますか?
……。
ふふ。「ポイントが貯まるから楽天で」と、無意識に選んでいませんか?
ぐ……。だって、ポイント込みで考えたら実質的に安いし。
「実質」という言葉は便利ですわね。5,000円の商品を楽天で買って150ポイントもらう。Amazonなら4,800円。どちらが安いですか?
……Amazon。
でも、ハクアちゃんは楽天で買いますわよね。「ポイントが貯まるから」。
ここが経済圏の巧妙さだ。
ポイント還元は「後から戻ってくる値引き」のように見えるが、実際には「この店で買い続ける理由」として機能している。経済学者はこれを「スイッチングコスト」と呼ぶ。楽天で10万ポイント貯めた人が、PayPay経済圏に乗り換えるのは心理的に難しい。ポイントが「資産」になった瞬間、消費者は経済圏に縛られる。
| 経済圏 | 入口 | 囲い込み手段 | 脱出コスト |
|---|---|---|---|
| 楽天 | 楽天カード | SPU、楽天市場、楽天モバイル、楽天銀行 | 貯まったポイント + サービス移行の手間 |
| PayPay/Yahoo! | PayPayカード | PayPay残高、Yahoo!ショッピング | PayPay残高 + 決済習慣 |
| ドコモ | dカード | d払い、dポイント加盟店、ドコモ回線 | 回線契約 + dポイント |
| Amazon | Amazon Mastercard | プライム会員、定期便、Alexa | プライム特典 + 購入履歴 |
……これ、前に話した電子書籍のDRMと同じ構造じゃん。
まさに。ポイントは見えないDRMですわ。「便利」と「お得」で囲い込み、乗り換えを困難にする。違いは、ポイントのほうが消費者に「自分で選んでいる」と錯覚させる点ですわね。
うわ……。ボク、完全に囲い込まれてたわ。
ポイントを使うか、ポイントに使われるか
じゃあさ、どうすればいいの。カード全部解約して現金主義に戻れって?
そんな野暮なことは申しませんわ。ポイント制度は優れた仕組みですもの。問題は「使い方」です。
使い方?
ええ。ポイントに振り回される人と、ポイントを道具として使う人の違いですわ。
……具体的には?
たとえば、「ポイント○倍だから買う」と「買うものがあるから、ポイントが多い日に買う」。似ているようで、まるで違いますの。
あー……。前者は「ポイントに買わされてる」ってこと?
そのとおり。セール日に不要なものまで買ってしまう。「ポイントが失効するから」と無理やり消化する。これは「お得」ではなく「管理コスト」ですわ。
(頭を抱えて) ボク、楽天スーパーSALEのたびにカートが膨らむんだけど……。
ふふ。では、こう考えてみなさい。
| 問いかけ | 答えが「はい」なら | 答えが「いいえ」なら |
|---|---|---|
| ポイントがなくても買いますか? | 正当な買い物 | ポイントに買わされている |
| 比較検討しましたか? | 合理的な選択 | 経済圏に縛られている |
| ポイントの有効期限を気にしていますか? | 管理コスト発生中 | 健全な距離感 |
……2番目、完全にNOだわ。楽天でしか探してなかった。
もうひとつ。ハクアちゃんは「ポイント投資」もなさっていましたわね?
うん。楽天ポイントで投信積立してる。これはさすがに賢い使い方でしょ?
それ自体は悪くありません。ですが、「ポイントで投資できるから楽天カードを使い続ける」という理由になっているなら、それもまた囲い込みの一環ですわ。
……。
大切なのは、経済圏を「利用する」ことと、経済圏に「所属する」ことの違いを自覚することですの。利用するなら、いつでも外に出られる。所属してしまうと、外に出るのが「損」に感じる。
(スマホを置いて) ……なんかさ、「お得」って思ってたものが全部違って見えてきた。
(静かに微笑んで) それでいいんですのよ。仕組みを知ったうえで使うのと、知らずに使われるのは、まるで違いますから。
……うん。とりあえず、次の楽天スーパーSALEまでに「ポイントなしでも買うものリスト」作ってみるわ。
ふふ、素直でよろしい。
クレジットカードの「お得さ」を比較することに意味がないとは言わない。だが、還元率の小数点を追いかける前に、一歩引いて考えてみてほしい。
ポイントは、企業が消費者の行動を設計するための道具だ。それ自体は善でも悪でもない。問題は、その道具に振り回されていないかどうか。
「お得」を追いかけることが目的になったとき、私たちは消費者ではなく、経済圏の住民になっている。住民が悪いわけではない。ただ、自分がどの地図の上に立っているかは、知っておいたほうがいい。
イロハの本棚
この記事のテーマをさらに深く考えたい方への推薦図書。
メイン書籍
『予想どおりに不合理——行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』 ダン・アリエリー(早川書房、2013年)
イロハの一言: 「『合理的に選んでいる』という思い込みこそが、最も不合理な行動の入口ですわ」
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