この3冊について
色は「物理現象」であると同時に「文化現象」だ。同じ赤でも、中国では祝い事の色、西洋では危険の色、日本では魔除けの色。色の意味は光の波長ではなく、文化が決める。
本記事では、色と文化の関係を異なる角度から照らす3冊を紹介する。
- 『青の歴史』ミシェル・パストゥロー — 西洋における「青」の社会史
- 『日本の色辞典』吉岡幸雄 — 日本の伝統色466色の実践的アーカイブ
- 『色彩論』ヨハネス・イッテン — バウハウスの色彩教育理論
3冊はそれぞれ独立しているが、並べて読むと「色とは何か」という問いに対する立体的な理解が得られる。
『青の歴史』ミシェル・パストゥロー
概要
フランスの中世史・色彩史の権威ミシェル・パストゥローが、「青」という一色の歴史を古代ローマから現代まで追った労作。
古代ローマ人にとって、青は「野蛮人の色」だった。ゲルマン人やケルト人が体に塗る染料の色として蔑視されていた。それが中世になると聖母マリアの色として神聖化され、近代以降は「自由・平和・信頼」の象徴となる。現在、青は世界の世論調査で常に「もっとも好まれる色」のトップに立つ。
読みどころ
- 色の「発明」: 古代ギリシャ語には「青」を指す独立した単語がなかった。ホメロスの「ぶどう酒色の海」は、色彩語彙の欠如を反映している
- 聖母マリアの青: 12世紀以降、聖母マリアが青い衣をまとって描かれるようになり、青の地位が劇的に上昇した
- インディゴ vs ウォード: 新大陸からのインディゴ(藍)がヨーロッパの草木染め(ウォード)を駆逐していく経済史は、グローバリゼーションの縮図だ
- プロシアンブルーから合成染料へ: 18世紀の偶発的な発見が、近代化学染料産業の幕開けとなった
こんな人におすすめ
- 北斎の青(ベロ藍)に興味がある人——プロシアンブルーの西洋側の物語がわかる
- デザインで青系を多用する人——「なぜ青は信頼の色なのか」を文化的根拠から説明できるようになる
- 歴史好きの読書家——色を切り口にした人類史として純粋に面白い
『日本の色辞典』吉岡幸雄
概要
染織史家・吉岡幸雄(1946-2019)が、日本の伝統色466色を実際に植物染料で再現し、カラー図版とともに解説した辞典。
吉岡幸雄は京都の染色工房「染司よしおか」の5代目当主。源氏物語や万葉集に登場する色を、化学染料を一切使わず、古代の技法で再現することをライフワークとした。本書はその集大成である。
読みどころ
- 色名の文学性: 「朽葉(くちば)」「鶸色(ひわいろ)」「退紅(あらぞめ)」——日本の色名は自然の一瞬を切り取った詩だ
- 襲の色目: 平安貴族が衣装の色の重ねで季節や感情を表現した「襲の色目」。12の月に対応する配色が解説される
- 染料と技法: 紅花、藍、紫根、茜——各色の原料となる植物と、それぞれの染色技法が写真付きで紹介される
- 色の社会的意味: 冠位十二階の色、禁色(きんじき)と聴色(ゆるしいろ)——色は階級を示すコードだった
こんな人におすすめ
- 和風デザインの配色に悩む人——伝統的な配色の「正解」がわかる
- L-yardの「襲の色目」記事を読んで興味を持った人——実際の染色による色再現は、ディスプレイでは伝えきれない深みがある
- 日本文化を海外に紹介したい人——色という切り口で日本の美意識を説明できるようになる
『色彩論』ヨハネス・イッテン
概要
バウハウスの教育者ヨハネス・イッテン(1888-1967)が、芸術教育のために体系化した色彩理論の教科書。1961年の初版以来、デザイン教育の基礎テキストとして世界中で読み継がれている。
イッテンはスイス出身の画家・教育者で、バウハウスの予備課程(Vorkurs)を担当した。抽象的な理論ではなく、実際の作品制作を通じて色彩を理解させる教育法を確立した人物だ。
読みどころ
- 7つの色彩対比: 色相対比、明暗対比、寒暖対比、補色対比、同時対比、面積対比、彩度対比——イッテンの分類は、配色を分析する際の基本フレームワークとして今も使われている
| 対比 | 効果 | 例 |
|---|---|---|
| 色相対比 | 鮮やかさの衝突 | 赤と青を隣接配置 |
| 明暗対比 | 奥行きと階層 | 黒背景に白テキスト |
| 寒暖対比 | 距離感と感情 | 暖色の前景+寒色の背景 |
| 補色対比 | 互いを引き立てる | 紫と黄の組み合わせ |
- 色の主観性: イッテンは「すべての人が同じ色を同じように感じるわけではない」と指摘する。学生に「自分の色」を探させる演習は、色彩の客観的法則と主観的体験の両方を理解させるためだ
- 色と形の対応: 赤は正方形、黄は三角形、青は円——イッテンの色と形の対応理論は議論が分かれるが、色が形態に影響を与えるという着想は、UI/UXデザインにも通じる
こんな人におすすめ
- 配色の「なぜ」を理論的に理解したい人——感覚的な「きれい/きたない」を超えた分析ができるようになる
- デザイン学校の教科書として——世界中のデザイン教育で使われているスタンダード
- カラーツールを使いこなしたい人——L-yardの配色ツールの背後にある理論がわかる
3冊の位置づけ
| 書籍 | 視点 | 対象 | 読み方 |
|---|---|---|---|
| 青の歴史 | 社会史・文化史 | 西洋の色彩観 | 物語として通読 |
| 日本の色辞典 | 実践・アーカイブ | 日本の伝統色 | 辞典として参照 |
| 色彩論 | 造形理論 | 色彩の法則 | 教科書として学習 |
「青の歴史」で色の社会的意味を知り、「日本の色辞典」で日本固有の色彩文化を体験し、「色彩論」で造形としての色の法則を学ぶ。この3冊で「色とは何か」に対する多面的な理解が得られる。
関連書籍
- 『色彩の歴史事典』ミシェル・パストゥロー - 青以外の色(赤、黒、緑、黄)についても同様の歴史的考察
- 『日本の色を歩く』吉岡幸雄 - よりエッセイ的な文体で日本の色文化を語る
- 『配色デザイン良質見本帳』 - 理論を実践に落とし込むための現代的な配色ガイド
- 『北斎の青——葛飾北斎とプロシアンブルー』 - 東西の「青」が交差する浮世絵の色彩論
まとめ
色は光の波長であると同時に、文化の記憶装置だ。赤い夕焼けを見て「美しい」と感じるのは物理的反応だが、赤いドレスを見て「情熱的」と感じるのは文化的学習の結果だ。
この3冊は、デザイナーやクリエイターだけでなく、「色のある世界に生きているすべての人」に向けて書かれている。配色ツールで自動生成される組み合わせに「なぜこれが美しいのか」を説明できるようになりたいなら、理論と歴史の両方が必要だ。
L-yardの色彩記事シリーズ——北斎の青、襲の色目、ダ・ヴィンチの色彩論——と合わせて読むと、色彩の世界がさらに広がるはずだ。