本の重さで人を脅すのは、普通ならマナー違反だ。しかしこの1冊に限っては、その物理的な質量こそが最大の「機能」かもしれない。
松岡正剛 編『情報の歴史21 ―ヴィジュアル版』。516ページ、A4変型判、約1kg。人類5万年の情報史を、政治・経済・宗教・科学・技術・芸術・文化の7トラックで同時に年表化した、異形の一冊である。百科事典でもなく、教科書でもない。松岡正剛が提唱する「編集工学」の思想そのものを、物理的な本として具現化したものだ。
この本には「正しい読み方」がない。代わりに「正しいハックの仕方」がある。
なぜ2026年のAI全盛期に、20年以上前に改訂された紙の年表を推すのか。それは、AIが「答えの速度」を加速させた今こそ、人間に求められるのは「問いの質」だからだ。どんな問いを立てるか。何と何を比較するか。その力を鍛えるツールとして、この1kgの鈍器に匹敵するものを、筆者はまだ見つけていない。
L-yard編集室のイロハが「聖典」と崇め、ハクアが「鈍器」と恐れるこの本を、二人の対話で解剖する。本稿では、松岡正剛という人物の紹介から始め、本の構造分析、実践的な「時間旅行」、編集工学の3操作とその実演、Webコンテンツへの応用ルール、そして「なぜ紙でなければならないのか」まで、1冊の本を徹底的にハックする。
松岡正剛という「編集者」
L-yard 編集室。イロハのデスクに鎮座する分厚い本。ハクアが遠巻きに見ている
そもそもさ、松岡正剛って誰なの? ボクが知ってるのは「やたらと本を出す人」「編集工学研究所の所長」くらいなんだけど。
松岡正剛は、日本の「知」の世界において最も異質な存在の一人です。「編集者」であり「思想家」であり「教育者」であり、しかしそのどれにも完全には当てはまらない。
ふわっとしてるなあ。もうちょっと具体的に。
では、こう言いましょう。松岡正剛は「知識を横断する方法」を発明した人です。通常、学者は1つの分野を深く掘り下げます。歴史学者は歴史を、物理学者は物理を、文学研究者は文学を。しかし松岡は、それらすべてを「横断」することに人生を賭けた。歴史と物理と文学を同時に見て、その「間」に新しい意味を見出す方法論を体系化した。それが「編集工学」です。
知識の横断……まあ、要はジェネラリストってこと?
違います。ジェネラリストは「広く浅く知っている人」です。松岡は「広く深く、しかも横に繋げる人」。専門家が深さ(Depth)を武器にするなら、松岡の武器は幅(Breadth)と接続(Connection)です。
Depth vs Breadth × Connection。……データベースで言うと、正規化されたテーブルをJOINする人、って感じ?
(眼鏡を光らせて) ええ。見事な例えですね。世界は「正規化された」分野別のテーブルに分かれていますが、松岡はそれらに JOIN をかけて、人間が見落としている関係性を浮かび上がらせる。そして、その JOIN の結果を1冊の本にまとめたものが、『情報の歴史21』なんです。
なるほど。つまりこの本は、世界最大の JOIN クエリの結果セットってわけだ。
ふふ。語弊がありますが、本質は合っています。
松岡正剛の著作は膨大で、千夜千冊をはじめとする書評連載だけでも1,800冊を超える。しかし、そのすべての基盤にあるのが『情報の歴史21』だ。この本が「原データベース」であり、他のすべての著作は、そこからの「クエリ結果」と言える。
千夜千冊ってなに? 1,800冊の書評って、それ人間の処理能力超えてない?
松岡正剛が2000年から続けているWeb連載で、毎晩1冊ずつ、ありとあらゆるジャンルの本を紹介しているものです。文学、科学、宗教、数学、生物学、漫画……分野を問わない。しかも単なる要約ではなく、必ず他の本や概念と「繋げる」んです。仏教の本を語りながらライプニッツの哲学に飛び、ライプニッツからコンピュータの二進法に繋がり、そこから情報理論に接続する。
つまりハイパーリンクを人力でやってるってこと? Webが登場する前からWebをやってた人じゃん。
正確に言えば、Webのハイパーリンクが松岡的思考に近づいたのです。順番が逆ですよ。そして『千夜千冊』が「1冊ずつの深掘り」だとすれば、『情報の歴史21』は「すべてを1枚の地図にした俯瞰図」。縦の探索と横の俯瞰。この2つが松岡正剛の方法論の両輪です。
この本は「読む」ものではない
ねえイロハ。前からずっと聞きたかったんだけど、その本、本当に「読んでる」の? 516ページもある本を最初から最後まで通読するとか、非効率の極みだボク。
(本の表紙を撫でながら) 当然、読んでいませんよ。
え。
この本は「読む」ものではないんです。「開く」ものです。
……は? 同じことじゃん。
違います。小説やビジネス書は1ページ目から最後まで線形に読む。でもこの本は違う。任意のページを開いて、そこに並ぶ複数の情報を「横に」見る。読書ではなく「閲覧」、もっと言えば「探索」です。辞書を「読む」人がいないのと同じ。
辞書……ああ、なるほど。要はリファレンスマニュアルってことね。APIドキュメントを最初から読む人いないのと同じか。
ふふ、悪くない例えですね。ただし、APIドキュメントは「正解」を返します。この本は「問い」を返すんですよ。
問い?
ええ。たとえば貴方が「なぜスマートフォンは生まれたのか」を調べたいとします。Googleで検索すれば、Apple、Steve Jobs、2007年という「答え」が返ってくる。でもこの本を開くと、同じ時代の横に「リーマンショック」「YouTube」「アラブの春」が並んでいる。すると貴方は「なぜこの技術がこのタイミングで生まれたのか」という、もっと深い問いを持つことになる。
答えではなく問い……確かに、Google検索で「問い」が返ってくることはないね。検索窓に打ち込んだ時点で、問いはもう決まってる。この本は、問い自体を「生成」してくれるってこと?
正確です。この本は「問い生成エンジン」なんですよ。
待って。それって、ボクたちプログラマーが使う「ラバーダックデバッグ」に似てない? アヒルの人形に向かってコードの説明をしてると、自分で答えを見つける、っていうやつ。この本も、ページを開いて情報を眺めることで、自分の頭の中に問いが生まれるんでしょ? 本は答えを返してるんじゃなくて、思考のきっかけを与えてるだけ。
……なるほど。ラバーダック。この1kgの鈍器が「歴史のラバーダック」だと言うのですか。
えーと、もうちょっとカッコいい言い方にすると……「思考のトリガーデバイス」?
(苦笑して) まあ、本質は外れていません。ラバーダックが「自分のコードを声に出して説明する」ことで問題を発見させるように、この本は「複数の情報を視界に入れる」ことで問いを発見させる。受動的に読むのではなく、能動的に「開く」行為が思考を起動させるんです。
「問い生成エンジン」という表現は大げさに聞こえるかもしれない。しかし実際にこの本を手に取って任意のページを開いてみれば、すぐにその意味が分かる。7つのトラックが横に並ぶ見開きを眺めると、脳が勝手に「なぜこれとこれが同時に起きたのか」と問い始める。答えは本の中にはない。答えは読者の頭の中で生まれる。これが、松岡正剛が設計した「仕掛け」だ。
解剖:5万年を7トラックで並走させる構造
さて、まずこの本の「設計思想」を理解しなさい。貴方はコードを読む前にアーキテクチャを把握するでしょう? 同じことです。
はいはい。で、どういう構造なの?
(本を開いて見開きを指でなぞる) この年表は、横軸に7つの「トラック」が走っています。
| トラック | 内容 | 色の傾向 |
|---|---|---|
| 第1トラック | 政治・国家・戦争 | 赤系 |
| 第2トラック | 経済・産業・交易 | 黄系 |
| 第3トラック | 宗教・思想・哲学 | 紫系 |
| 第4トラック | 科学・技術・発明 | 青系 |
| 第5トラック | 芸術・文学・音楽 | 緑系 |
| 第6トラック | 文化・生活・社会 | 橙系 |
| 第7トラック | メディア・情報・通信 | 灰系 |
7レーンのマルチトラック・タイムライン。データベースで言うと、年代がプライマリキーで、7つのカラムがあるテーブル構造か。
そう。そして縦軸が時間。紀元前3万年から21世紀まで。ただし均等な配分ではありません。古代は数千年が見開き1ページに収められ、近現代は1年が1ページ以上を占める。情報量の加速に合わせて、ページの密度も加速しているんです。
ズームレベルが時代によって違うってことか。対数スケールみたいな。
そうです。そして最も重要なのは、同じ「行」に並ぶ情報は同時代に起きた出来事だということ。たとえば1450年の行を見ると――
えーと……「グーテンベルクの活版印刷」がメディアのトラックにある。で、横を見ると……「コンスタンティノープル陥落」が政治のトラック? 「ルネサンス最盛期」が芸術?
その3つが同時に起きている。印刷技術の爆発、東ローマ帝国の崩壊、そして芸術の復興。偶然だと思いますか?
……偶然じゃないよね。帝国が滅びてギリシャの知識人が西に逃げて、その知識が印刷技術で拡散されて、ルネサンスが加速した……ってこと?
素晴らしい。貴方、今「編集工学」をしましたよ。
え、今の? ボクはただ横を見て、点と点を繋いだだけだけど。
それが編集工学です。普通の歴史書は縦(時系列)で語ります。「1453年にコンスタンティノープルが陥落し、その後ルネサンスが加速した」と。でもこの本は横に並べることで、「因果関係」ではなく「同時性」を見せる。すると、教科書的な一方向の物語ではなく、複数の力が同時に作用する「構造」が見えてくるんです。
実践:この本で「時間旅行」してみる
理論はここまで。実際にこの本を開いて、時間旅行をしてみましょう。
時間旅行?
ええ。貴方の好きな年代を3つ選びなさい。私がその年代を開いて、「横の読み方」をガイドします。
じゃあ、まず2000年。ボクが物心ついた頃。
イロハが2000年のページを開く
2000年。技術トラックに何がありますか?
「Y2K問題」と「Windows Me」と……あ、「ヒトゲノム計画ドラフト完成」。
経済トラックは?
「ITバブル崩壊」。
文化トラックは?
「PlayStation 2発売」「シドニー五輪」……あと「千と千尋の神隠し」? いや、それは2001年か。
横を見なさい。ITバブルが崩壊した同じ年に、PS2が発売されている。経済が絶望に沈む中で、エンタメが新しい体験を提供していた。これは何を意味しますか?
……不況だからこそ「安い娯楽」が伸びる? 外に出かける余裕がなくなるから、自宅で遊べるゲーム機の需要が上がる?
もう一歩。Y2K問題が「コンピュータの脆弱性」を世界中に知らしめた一方で、PS2は「コンピュータの楽しさ」を広めた。恐怖と快楽が、同じ技術のコインの裏表として現れた年なんです。
……なるほど。単体で見ると「ITバブル崩壊」はただの暴落だけど、横を見ると「テクノロジーの光と影が同時に極まった年」になるんだ。
そうです。では次。もう少し遡って。
1920年代。ジャズ・エイジ。
イロハがページをめくる
あった。政治に「ファシズムの台頭」。経済に「ウォール街の熱狂」。文化に「ジャズ・エイジ」「フラッパー」。技術に「ラジオ放送開始」「映画産業の勃興」。芸術に「シュルレアリスム」「バウハウス設立」。
すべてが同時に爆発しているでしょう。1920年代は「加速」の10年です。経済は加速し、文化は加速し、技術は加速し、政治もまた加速した。しかしその加速はどこに向かいましたか?
……1929年の大恐慌。そして1930年代のファシズム。加速の果てに大破綻。
ラジオというメディアが、ジャズを広め、株式投資のブームを煽り、そしてヒトラーの演説も広めた。同じ技術が、文化と経済と独裁を同時に加速させた。メディアのトラックだけ見ていれば「ラジオの普及」という中立的な事実ですが、横のトラックを見れば、その技術が引き起こした「多面的な衝撃」が見える。
うわ……今のAIとそっくりじゃん。同じ技術が、創作を助け、経済を動かし、フェイクニュースも生み出してる。ラジオの時代と構造が一緒だ。
その「見立て」が、まさに編集工学です。1920年代のラジオと2020年代のAIに「共通構造」を見出す。時代は違うけれど、パターンは同じ。
じゃあ、3つ目。もっと昔。紀元前の何か。
イロハが大きくページを遡る
紀元前5世紀。ここ、すごいね。政治トラックに「ペルシア戦争」「アテナイ民主制」。哲学トラックに「ソクラテス」「仏陀」「孔子」。全部同時代?
そう。これが有名な「軸の時代(Axial Age)」です。カール・ヤスパースが指摘した概念ですが、松岡正剛はこの年表でそれを「視覚化」している。ギリシャでソクラテスが哲学を始め、インドで仏陀が悟りを開き、中国で孔子が礼を説いた。ユーラシアの東西で、ほぼ同時期に「人間とは何か」を問う思想が生まれた。
互いに連絡を取り合ってたわけじゃないのに? 紀元前5世紀にインターネットはないよ。
ないですね。しかし、この「同時性」は偶然で片付けるには出来すぎている。都市文明が一定の成熟に達すると、人間は「存在の意味」を問い始める。インフラが揃い、余暇が生まれ、「ただ生きる」だけでなく「なぜ生きるか」を考える余裕ができた。それが東西同時に起きた。
なるほど……技術の発展が一定レベルに達すると、哲学が発生するのか。今で言えば、AIが発達した結果「AIに仕事を奪われたら人間の存在意義は何か」って哲学的な問いが生まれてるのと同じ構造?
(深く頷いて) 紀元前5世紀と21世紀を繋ぎましたね。2,500年の時を超えた「見立て」です。技術の飽和が哲学を生む。この構造は、人類が何度も繰り返してきたパターンなんです。
……もう1つだけ。さっきの3つで見えてきたパターンがあるんだけど。
言ってみなさい。
2000年のITバブル崩壊は「加速の破綻」、1920年代は「加速の果ての暴走」、紀元前5世紀は「成熟からの哲学」。全部、ある種の「飽和点」の話じゃない? システムが一定の複雑さに達すると、何かが壊れるか、何か新しいものが生まれるかする。
……ハクアちゃん。今、貴方は3つの時代を横断して「メタパターン」を抽出しました。個別の時代を見るだけではなく、時代と時代の間の共通構造を見出した。それこそが編集工学の最も高度な使い方です。
え、今のってそんなすごいこと?
すごいことです。「2000年のドットコムバブル」「1920年代のラジオバブル」「紀元前の都市文明バブル」。すべてに「技術が社会の消化能力を超えた瞬間」がある。その瞬間に、破壊と創造が同時に起きる。これが分かれば、今のAIブームの「飽和点」がどこに来るか、おおよその見当がつくでしょう?
……それって、投資家が喉から手が出るほど欲しい情報じゃん。
ふふ。だからこの本は「鈍器」であると同時に「武器」なんです。
編集工学とは何か
ここまで散々「編集工学」って言葉が出てきたけど、改めて正式に定義して。
簡潔に言えば、**「情報と情報の間に関係を見出し、新しい意味を生み出す技術」**です。松岡正剛が名付けました。
それ、普通に「分析」とか「考察」って言わない?
違います。分析は1つの対象を分解すること。編集工学は複数の対象を並べて、その「間」を読むこと。分析が split() だとすれば、編集工学は join() です。
おー。split と join。分解と結合。
もう少し正確に言えば、編集工学には3つの基本操作があります。
| 操作 | 説明 | プログラミング的比喩 |
|---|---|---|
| 見立て(Analogy) | 異なるものに共通構造を見出す | interface の抽出 |
| 取り合わせ(Combination) | 意外なもの同士を並べて新しい意味を生む | merge() |
| 地と図(Figure & Ground) | 注目点を切り替えて異なる解釈を得る | context switch |
見立ては interface の抽出、取り合わせは merge……うわ、しっくりくる。茶道の「見立て」とか、俳句の「取り合わせ」と同じ原理ってこと?
その通り。松尾芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」は、「古い池(静)」と「蛙の水音(動)」の取り合わせ。2つの異なる情報を衝突させて、その「間」に余韻を生む。これが編集工学の原型です。
……俳句がプログラミングの設計パターンだったとは。
もう少し深く言うと、編集工学は「情報に『遊び』を入れる技術」でもあります。
遊び? 機械の遊び(ガタ)みたいな?
そう。完璧に噛み合った歯車は、余裕がないから壊れやすい。でも少しだけ「遊び」があると、衝撃を吸収できる。情報も同じです。「AだからB」という因果関係だけで構成された文章は、正確かもしれないが硬い。でも「AとBの間にCを挟む」ことで、読者の想像力が入り込む「遊び」が生まれる。
ゼロとイチの間のアナログ的な余白か。……ボクが古いブラウン管の「滲み」を好きなのと似てるかも。デジタルの精密さじゃなくて、少しのぼやけが「温かさ」を生む。
そう。現代のAIが生成する文章に「違和感」を感じる人が多いのも、同じ原理です。AIの出力は正確すぎるんです。人間の文章には「揺れ」がある。話が少し脱線したり、比喩が飛躍したり、感情が混じったりする。その「揺れ」が、読者の思考を刺激する「遊び」になっている。
……つまり、完璧な文章は読みやすいけど「引っかかりがない」から記憶に残らないってこと?
ええ。引っかかりがない道は、どこまでも真っ直ぐで見晴らしがいい。でも、曲がり角や段差がある道のほうが、景色を覚えている。情報にも同じことが言えます。「遊び」のない情報は、消費されて消える。「遊び」のある情報は、思考に残る。
……なるほど。貴方のその感覚、覚えておくよ。
(少し驚いた顔で) ……覚えておきなさい。あとで使いますから。
編集工学の3操作を実演する
では、3つの操作をそれぞれ実演しましょう。
操作1:見立て(Analogy)
見立てとは、異なるものに共通の構造を見つけること。先ほど貴方がやったことです。「1920年代のラジオ」と「2020年代のAI」が同じ構造を持っているという発見。
ああ、あれか。「新しいメディアが、良いことも悪いことも同時に加速させる」っていう共通パターン。
そう。interface MediaRevolution を抽出したわけですね。ラジオもテレビもインターネットもAIも、すべてこの interface を implement している。
interface を抽出できれば、次に新しいメディアが登場した時も予測できるわけか。「このメディアも、良いことと悪いことを同時に加速させるだろう」って。
まさに。見立ての力は「予測」に使えることです。過去のパターンを抽出すれば、未来の構造が見える。
操作2:取り合わせ(Combination)
取り合わせとは、一見関係のない2つのものを並べて、新しい意味を生み出すこと。
俳句の「古池×蛙」みたいな。
ええ。実例を出しましょう。L-yardの記事で「シムレーシング用ステアリングのレビュー」を書くとします。普通に書けば「トルク10Nm、レスポンス○ms」というスペック記事になる。
まあ、ガジェットレビューの定番だね。
そこに「茶道」を取り合わせます。
……は? ステアリングと茶道?
茶道の「点前(てまえ)」は、決められた所作を極限まで洗練させることで「美」を生み出します。余計な動きを一切排除し、必要最小限の動作だけを残す。ステアリングの操作も同じです。不要な修正舵を排除し、最小限のインプットで車を走らせた時に「美しいライン」が生まれる。
……待って。確かに、レーシングの世界で「スムーズな操作」はタイムに直結するし、見た目にも美しい。茶道のミニマリズムとレーシングのミニマリズムって、構造的には同じなのか。
そう。「ステアリングレビュー × 茶道」という取り合わせが、ただのスペック記事を「身体性と美学の探求」に変える。読者は「へえ、こんな視点があるのか」と思い、記事を覚えてくれる。
……悔しいけど、面白い。スペック表だけのレビューは他のサイトにいくらでもあるけど、「茶道とレーシングの共通構造」を語る記事は他にない。
もう1つ実例を出しましょう。「確定申告の会計ソフト比較」という記事を書くとします。
うわ、一番つまらないやつ。比較表作って終わりじゃん。
そこに「複式簿記の歴史」を取り合わせます。複式簿記を発明したのは15世紀イタリアの数学者ルカ・パチョーリ。レオナルド・ダ・ヴィンチの友人であり、ルネサンスの数学教師です。
待って。簿記の発明者がダ・ヴィンチの友達?
ええ。パチョーリの著書『スムマ』(算術大全)は、ヨーロッパ中の商人に複式簿記を広めました。つまり会計ソフトは、500年前にイタリアのルネサンス人が発明した「お金の整理術」のデジタル版なんです。「freee vs マネーフォワード」の比較記事に、この1行を入れるだけで、読者は「へえ、会計って500年の歴史があるんだ」と驚く。
確かに、ただのソフト比較が急に「知的な読み物」になるね。しかも調べてみたくなる。ルカ・パチョーリ、ググりたくなった。
それが取り合わせの力です。「知りたい」という欲求を喚起すること。比較表だけの記事は、読者が求めた情報を返して終わりですが、取り合わせがある記事は、読者に「次の問い」を持たせて帰す。
操作3:地と図(Figure & Ground)
最後。地と図の切り替えです。これは「注目する対象を変えると、同じ情報が全く異なる意味を持つ」という操作。
ルビンの壺みたいな? 壺にも見えるし、2つの顔にも見えるっていう。
ええ。例えばこの年表で「戦争」にフォーカス(Figure)すると、人類の歴史は「暴力の連鎖」に見えます。しかしフォーカスを「芸術」に切り替えると、同じ歴史が「美の進化」に見える。同じデータなのに、どこに注目するかで物語が変わる。
コンテキストスイッチか。プロセスが切り替わると、同じCPU上でも全く違う処理が走る。
その例え、とても正確です。この年表で実践してみましょう。「産業革命」を見てみなさい。
えーと……技術トラックには「蒸気機関」「紡績機」「鉄道」。
技術を「図(Figure)」として見ると、産業革命は「機械化による生産性向上」の物語です。では、フォーカスを「文化」に切り替えてみなさい。文化トラックの同じ時期に何がありますか?
……「児童労働」「都市スラムの形成」「労働者の暴動(ラッダイト運動)」。
同じ「産業革命」でも、技術を図にすれば「進歩」の物語、文化を図にすれば「犠牲」の物語になる。さらに芸術トラックを見ると、ロマン主義が勃興している。機械化への反動として「自然への回帰」「感情の解放」を求める芸術運動が生まれた。
技術の進歩 → 社会の犠牲 → 芸術の反動。全部が同時に動いてる。
そして今のAI時代も同じ構造でしょう? AIの進歩(技術)→ 労働者の不安(社会)→ 「手作り」「アナログ回帰」のブーム(文化)。地と図を切り替えると、200年前と同じパターンが見える。
……またこのパターンか。歴史って本当に繰り返すんだな。
Web記事の設計でも同じことが使えます。たとえば「リモートワーク」という題材。「生産性」にフォーカスすればビジネス記事になる。「孤独」にフォーカスすればメンタルヘルスの記事になる。「通信技術」にフォーカスすればテック記事になる。同じ題材でも、地と図を切り替えることで、まったく異なる記事が生まれる。
なるほど。ネタ切れの時に使えるテクニックだね。同じ題材を別の角度から見るだけで、新しい記事になる。
ハック:編集工学をWebコンテンツに応用する
理屈は分かったよ。で、それをボクたちのサイト運営にどう使うの? 理論だけじゃ意味ないし。
よろしい。では実践です。L-yardの記事設計に編集工学を適用するルールを教えましょう。
ルール1:1記事に最低2トラックを横断させる
「ゲーミングマウスのレビュー」を書くとします。普通に書けば技術(第4トラック)の話で終わる。でも編集工学を適用するなら――
横のトラックを見る。えーと……文化(第6)とか芸術(第5)?
そう。「なぜ人間は1ミリ秒のレスポンスにこだわるのか」という文化的な問いや、「マウスの曲線美はどの工業デザインの系譜にあるか」という芸術的な文脈を加える。すると、ただのスペック比較が「読み物」に昇華されます。
確かに、ガジェットレビューでスペックだけ書いても差別化できないもんね。横のトラックが「他サイトにないもの」になるってわけか。
具体的には、すべての記事のどこかに「このトピックは○○(別分野)と接続している」という1ブロックを入れること。Gaming記事ならDesignの視点を、Tech記事ならCultureの視点を、Books記事ならTechの視点を。
クロスリファレンス設計か。記事同士じゃなくて、分野同士をリンクさせるんだね。
実際にL-yardの既存記事で考えてみましょう。「襲の色目でエディタテーマを作る」という記事は――
Design 記事でしょ。配色の話。
そう。でもこの記事は単なる配色ガイドではなく、「平安時代の着物の美学」という文化トラック(第6)と「エディタのUI設計」という技術トラック(第4)を横断している。だから、ただのカラーパレット配布ページとは違う読み応えが生まれているんです。
……あ。自分たちの記事が、すでに編集工学的だったってこと?
意識していたかは別として、結果的にそうなっています。これを「意識的に」すべての記事に適用するのが、ルール1の意味です。
なるほど。トラック横断は「たまたま」じゃなくて「必ず」やる。1つの分野だけで完結する記事は書かない。
その通り。それだけで、他のサイトとの差別化になります。ほとんどのメディアは1つのトラックの中で閉じていますから。
ルール2:「3連打」で時代の空気を圧縮する
記事の導入で時代背景を説明する時、ダラダラ書かないこと。松岡正剛に倣って、3つの固有名詞を並べるだけで時代を圧縮しなさい。
例えば?
「2024年のAIブーム」を説明するなら、「ChatGPT、Midjourney、Sora」と3つ並べれば、それだけで「テキスト→画像→動画へと生成AIが進化した1年」が圧縮される。長々と説明するより遥かに密度が高い。
3つの名詞でナラティブを圧縮する……コンプレッションアルゴリズムだね。でもなんで「3つ」なの? 2つでも4つでもなく。
2つだと「対比」になりますが「流れ」が見えない。4つ以上だと「羅列」になって圧縮効果が薄れる。3つがちょうど「始点→中間→到達点」の最小単位なんです。物語の三幕構造と同じ原理ですね。起承転結の「起転結」。
最小の物語構造が3。なるほど。
ルール3:「起源」を1行だけ添える
最新技術の記事を書く時、必ず「この技術の起源は○○にある」という1行を入れなさい。
なんで? 読者は最新情報が知りたいんであって、歴史の授業は求めてないでしょ。
1行だけです。たとえばVRの記事なら「没入体験の設計は古代の宗教建築から始まった」と添えるだけで、記事に「奥行き」が生まれる。読者は「へえ」と思って記事への信頼度が上がる。10行も書けとは言いません。1行の起源が、記事全体に知的な重力を与えるんです。
1行だけなら……まあ、コメントを1行入れるのと同じか。// NOTE: this pattern originates from... みたいな。
ええ。コードのコメントと同じです。本文の邪魔をせず、しかし読んだ者に深い理解を与える。
ルール4:「逆引き」でネタを無限に生む
もう1個ない? 3つだと物足りない。
欲張りですね。では4つ目。「逆引き」です。
逆引き?
通常は「テーマ → 記事」の順で考えますね。「VRについて書こう」と決めてから調べる。逆引きはその逆。この年表を適当に開いて、「偶然見つけた出来事」からテーマを逆算する。
ランダムアクセスでネタを掘る?
そう。たとえば今、適当にページを開いてみなさい。
ハクアが目をつぶってページを開く
……1876年。技術トラックに「ベルの電話機」。経済に「明治維新後の殖産興業」。文化に「印象派の台頭」。
そこから何が書けますか?
えーと……「リアルタイム通信の歴史」って視点で、電話機→インターネット→5G→VRっていう流れで Tech 記事が書ける。あるいは「印象派の光の表現」と「ディスプレイの色再現」を繋げれば Design 記事になる。殖産興業の「国策としてのテクノロジー導入」と、今の日本のAI政策を比較すれば Life 記事にもなる。
1ページから3本の記事ネタが出ましたね。この本は「ネタの無限生成エンジン」でもあるんですよ。
この本が「物理」である意味
でもさ、イロハ。正直に言うけど、この年表の情報、全部デジタル化すれば検索も楽だし、持ち運びも楽だし、1kgの鈍器を抱えてる必要なくない?
(眼鏡の位置を直して) ハクアちゃん。この質問が来ると思っていました。答えは「No」です。
なんでよ。
デジタル化すると「検索」はできますが、「一覧性」が失われるんです。
一覧性?
この本を見開きで開くと、約200年分の7トラックが一度に視界に入る。スクロールではこれができない。人間の目は、2次元に並んだ情報を瞬時にスキャンして「パターン」を見つけるのが得意です。上から下にスクロールする1次元のUIでは、横の関係が見えない。
あー……確かに。Excelで100行のデータ見る時と、全体を印刷して机に広げた時の「把握感」は全然違う。
もう1つ。この本の「視覚設計」は極めて意図的です。各トラックに色分けがあり、重要な出来事は太字や大きなフォントで強調され、相互参照の矢印が引かれている。これはデータベースのレコードではなく、「デザインされた情報」なんです。
CSS で言うと、ただのテーブルじゃなくて、色・フォントサイズ・矢印アニメーションが付いたリッチなUIってことか。
そう。そしてそのUIは「紙」というメディアに最適化されている。スクロール前提のWebではなく、「見開き」という2ページ同時表示に最適化されている。ブラウザで同じ体験を再現するのは、実は非常に難しい。
……確かに。ブラウザで7カラムのテーブルを横スクロールなしで表示するのは、レスポンシブデザイン的にかなりキツい。A4見開きのサイズがあるからこそ成立してるUIなんだ。
加えて、この1kgの重さそのものが「情報の質量」を体感させてくれる。5万年の歴史がこの重さに圧縮されている。画面上のピクセルでは得られない「手応え(Tegotae)」です。デジタルは便利ですが、重さを感じないデータは、脳に重さを残さない。
……悔しいけど、分かる気がする。ブラウザのタブを100個開いても、1個も覚えてないもんね。でもこの本を実際にめくった時の、ページをめくる感触とか、インクの匂いとか……そういうのは覚えてる。
脳科学的にも、身体を使った記憶(手続き記憶)は、視覚だけの記憶より長く残ることが知られています。ページをめくるという「運動」が、目で読むという「視覚」に加算されることで、記憶の定着率が上がる。
マルチモーダル学習か。視覚だけじゃなくて触覚と運動が加わると、記憶のビット数が増える。
もう1つ、「物理」ならではの利点があります。「偶然の発見(セレンディピティ)」です。
セレンディピティ?
目的のページに向かう途中で、別のページが目に入ること。紙の本をめくっていると、意図しないページが視界に飛び込んでくる。デジタルではCtrl+Fで目的の場所に直接ジャンプしますが、紙では「途中の景色」が強制的に目に入るんです。
あー……ブラウザの検索だとピンポイントで飛ぶから、途中のページは見えないもんね。
この年表で「活版印刷」を探して紙をめくっている最中に、たまたま「十字軍」のページが目に入り、「そういえば十字軍がイスラム圏の知識を持ち帰ったから印刷技術の需要が生まれたのでは?」と気づく。これは Ctrl+F では絶対に起きない発見です。
要するに、デジタル検索は WHERE id = 42 でピンポイント取得だけど、紙の本は SELECT * FROM history WHERE year BETWEEN 1100 AND 1500 で範囲取得してるってことか。途中のデータが全部見える。
その通り。「効率」で言えばデジタルの圧勝です。しかし「発見」で言えば、紙の圧勝。そして編集工学に必要なのは「効率」ではなく「発見」なんです。
……なるほど。目的地への最短ルートじゃなくて、寄り道が価値になる本なんだ。
それが「身体性」の力です。効率では測れない、しかし確かに存在する「記憶への定着力」と「発見の確率」。貴方がシムレーシングのステアリングに10Nmのフォースフィードバックを求めるのと、同じ原理ですよ。
……つまりこの本は、歴史の「ダイレクトドライブ」ってこと?
(微笑んで) ふふ。なかなか良い見立て(アナロジー)ですね。今、貴方は編集工学を実践しましたよ。
……あ。
「重さ」と「フォースフィードバック」の共通構造を見出した。物理的な抵抗が、体験を「リアル」にする。本のページにもステアリングにも同じ原理が働いている。これが「見立て」です。
なぜ「今」この本なのか — AI時代の文脈力
ねえイロハ。1つだけ引っかかってることがある。
なんですか。
この本、初版が1990年で、改訂版の「21」が2001年。つまり最新の情報でも20年以上前でしょ? 2026年の今、本当に読む価値あるの? GPTもClaudeも載ってないし、iPhoneすら載ってない。
いい質問ですね。結論から言うと、この本の価値は「収録情報の新しさ」ではなく「情報の並べ方」にある。2001年で年表が止まっていても、そこに至るまでの5万年の「パターン」は変わらない。
パターン?
先ほど貴方が発見した「飽和点のパターン」を思い出しなさい。技術が社会の消化能力を超えた時に破壊と創造が同時に起きる。このパターンは紀元前5世紀にも、1920年代にも、2000年にも現れた。そして2025年のAIブームにも同じパターンが見える。
つまり、この本を読む意味は「過去の事実を知ること」じゃなくて、「パターンを抽出して未来に適用すること」にあるってこと?
その通りです。そしてまさに「パターンを抽出して適用する」ことこそ、AIが最も苦手とする能力なんです。
え? AIこそパターン認識の塊じゃん。
AIが得意なのは「同じドメイン内」のパターン認識です。大量のテキストから言語のパターンを学ぶ。大量の画像からビジュアルのパターンを学ぶ。しかし「1920年代のラジオ」と「2020年代のAI」の間に共通構造を見出す――つまり「ドメインを越えたアナロジー」は、まだ人間のほうが圧倒的に得意なんです。
ドメイン越えのアナロジー……確かに、GPTに「ラジオとAIの共通構造は?」って聞けば答えてくれるけど、そもそも「ラジオとAIを比較しよう」という問いを立てること自体は人間がやってるね。
そう。「何と何を比較するか」を決める力。それが編集工学の核心であり、AIには生成できない能力です。AIは「答えの質」を加速させますが、「問いの質」を上げるのは人間の仕事。そして『情報の歴史21』は、人間の「問いの質」を鍛えるための訓練装置なんです。
AI時代だからこそ、人間は「問いを立てる力」を鍛えなきゃいけない。そしてこの本はその訓練に最適……ってことか。なんか逆説的だね。最もアナログな本が、AI時代に最も必要。
逆説ではありません。必然です。加速する時代ほど、減速する装置が重要になる。貴方がステアリングホイールにブレーキを求めるのと同じ。速く走るためには、止まる力が不可欠。
……加速と静寂か。まさにL-yardのテーマそのものじゃん。
ようやく気づきましたか。この本がL-yardの「聖典」である理由を。
まとめ:『情報の歴史21』の正しいハック方法
この本は通読するものではない。「開いて、横を見て、間を読む」ためのインターフェースだ。
| 操作 | やること | 得られるもの |
|---|---|---|
| 開く | 任意のページを開く | その時代の7トラック一覧 |
| 横を見る | 同じ行の別トラックを確認する | 同時代の因果関係・同時性 |
| 間を読む | 2つの出来事の「間」にある関係を考える | 編集工学的インサイト |
| 見立てる | 異なる時代の共通構造を見出す | 未来の予測力 |
| 取り合わせる | 意外な組み合わせを試す | 独自の視点・差別化 |
| 持ち上げる | 1kgの重さを感じる | 情報の身体的記憶 |
編集工学の3操作――見立て(Analogy)、取り合わせ(Combination)、地と図(Figure & Ground)――は、Webコンテンツの設計にもそのまま使える。1記事に2トラック以上の横断を、導入に3連打の圧縮を、最新技術に1行の起源を、ネタ切れの時に逆引きを。松岡正剛の方法論に興味を持った方は、その思考の軌跡を辿れる『情報の歴史21』で学ぶ検索では見つからない「文脈」の読み方も参照してほしい。
この本の「始め方」
最後に、初めてこの本を手に取る人のためのガイドを添えておく。
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まず自分の生まれた年を開く。自分が生まれた時、世界で何が起きていたのかを確認する。これだけで「自分の人生」と「世界の歴史」が接続される感覚を味わえる。
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次に「好きなもの」で検索する。ゲームが好きなら「ゲーム」で、音楽が好きなら好きなジャンルで。ヒットした場所の横を見る。自分の好きなものが、どんな時代背景の中で生まれたのかが分かる。
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最後に、適当にページを開く。何も考えず、ランダムに。そこで目に入った3つの単語をメモする。その3つの間に関係を見出す。これだけで「編集工学」の入門は完了だ。
この本は一度に全部読む必要はない。むしろ読み切ってはいけない。デスクの端に置いておいて、思いついた時に開く。そのたびに新しい「問い」が生まれる。終わらない読書体験こそ、この1kgの鈍器の真価だ。
ハクアが本を閉じる。ドスン、と1kgの質量がデスクに着地する音が編集室に響く
……なんかさ、この本、ボクにとっての man コマンドみたいなものかも。
man コマンド?
UNIXのマニュアル。困った時に叩くと、使い方が出てくるやつ。この本も同じで、困った時に開くと、何かしらのヒントが出てくる。ただしマニュアルと違うのは、答えじゃなくて問いが出てくるってとこ。
man history で問いが返ってくるマニュアル。……ふふ、悪くない表現ですね。
でもボクは PDF 版のほうが検索できるから好き。
(本をドスンとハクアの手元に置いて) 検索では見えないものを見るために、この1kgの鈍器が存在するのですよ。たまには Ctrl+F の手を止めて、紙をめくりなさい。
……重いって。物理的にも、哲学的にも。
しばらくの沈黙。ハクアがふと顔を上げる
……ねえイロハ。1つだけ、今日分かったことがある。
なんですか。
ボクはずっと「速く答えを見つける」ことが大事だと思ってた。Ctrl+F、Google検索、ChatGPT。どれも「問い → 答え」の時間を短縮するためのツール。でもこの本は逆なんだね。「答えの速度」じゃなくて「問いの深さ」を鍛える。
……。
AI時代に人間ができることって、結局「いい問いを立てること」なんだと思う。GPTに何を聞くか。Claudeに何を任せるか。その「何を」を決める力は、こういう本を横に読んで初めて身につくのかも。
(珍しく穏やかな声で) ハクアちゃん。今日の貴方、少しだけ「重く」なりましたよ。
……それ、褒めてるの? 体重の話?
(微笑んで) 思考の密度の話です。
1kgの鈍器は、検索エンジンが返さない「問い」を返してくれる。その重さを、一度は手に取って感じてほしい。加速する世界で、あえて「重いもの」を持つこと。それが、L-yard編集室がこの本を「聖典」と呼ぶ理由だ。