『情報の歴史21』で学ぶ — 検索では見つからない「文脈」の読み方
Google検索で「答え」は見つかる。だが「文脈」は見つからない。
松岡正剛が編集した『情報の歴史21 ―ヴィジュアル版』。人類5万年の歴史を1冊の年表に圧縮した、516ページ・約1kgの「鈍器」だ。政治・経済・科学・文化――複数のトラック(分野軸)が横に並走し、時間軸を縦に貫く。データベースではない。「文脈を可視化するUI」だ。
この本の「正しい検索方法」を、L-yard編集室の二人が3つのテクニックとして紹介する。
発端:検索結果が黄色すぎる
L-yard 編集室。ハクアがPCでPDFを開いている
ねえイロハ、この『情報の歴史21』のPDF版、検索できるのはいいけどさ。ヒット数多すぎて逆にウザくない? 「革命」って入れたら歴史上にありすぎて画面が真っ黄色なんだけど。grep の正規表現ミスった時みたいで効率悪いよ。
ハクアちゃん。貴方は検索を「答え合わせ」の道具だと思っていませんか? 『情報の歴史21』における検索は、データ抽出(Fetch)ではありません。「文脈のデバッグ(Context Debugging)」なんですよ。
文脈のデバッグ? なにそれ。
ある出来事が「なぜ起きたのか」を理解するには、その出来事だけを見ていても分からない。周囲の文脈――同時代に何が起きていたか、その言葉がどこから来たか――を読み解く必要がある。Google検索は「点」を返しますが、この年表は「面」を見せてくれるんです。
貴方のような「効率厨」こそ知っておくべき、L-yard流の「検索ハック」を3つ、教えて差し上げます。
ハック1:「同期(Sync)検索」 — 横を見ろ
まず、貴方の大好きな「2000年」で検索してみなさい。
えーと……ヒットした。経済トラックに「ITバブル崩壊」があるね。で? これが何。Wikipedia見たほうが早くない?
視線をそのまま右にずらしなさい。文化トラックに何が書いてあります?
……「PlayStation 2 発売」? あと「シドニー五輪」……「Qちゃんとヤワラちゃん」? なにこれ。マラソンと柔道の人がセットになってる。
それが松岡正剛の「2つ並列(デュアル・プロセス)」というテクニックです。意図的に2つの事象を並べることで、「時代の空気」を圧縮している。
ふーん……で、それが何の役に立つわけ?
考えてみなさい。「ITバブルが弾けた」という経済の絶望の横で、「ゲーム(PS2)」と「女性アスリート」が熱狂を生んでいた。この「横の関係」が見えれば、なぜ当時Webサービスが死んで、エンタメが生き残ったのかという「時代のソースコード」が読めるでしょう?
うわ、なるほど……。単体で見ると「不況」だけど、横を見ると「熱狂」がある。経済沈んでもエンタメは伸びるって、今のAIバブルにも当てはまるかも。
その通り。検索結果の「横」を見る。これが1つ目のハックです。
「同期検索」のやり方は単純だ。ある年代・出来事を検索したら、同じ行の別トラック(別分野)を確認する。経済の出来事なら文化を。技術の出来事なら政治を。「同時代に何が起きていたか」を知ることで、単独では見えなかった因果関係が浮かび上がる。
ハック2:「3連打(Triple Click)検索」 — 並びを読め
次に、「2020年」を見てみなさい。ここには、パンデミックというバグに対する人類の「あがき」が記録されています。
2020年……あ、あった。「緊急事態宣言」。その横に「ネットフリックス・アマゾン・ズーム」って書いてある。
そう。「3つ連打」の技法です。単に「動画配信が流行った」と書くのではなく、この3社を並べることで「巣ごもり」という時代の空気が一瞬で圧縮されている。
Netflix、Amazon、Zoom……あー確かに、この3つ並べるだけで「ああ、あの時期ね」ってなるわ。
検索窓に「Zoom」と入れた時、貴方は単なるビデオ会議ツールを探しているつもりかもしれません。でもこの年表は「Amazon」と「Netflix」を同時にリコメンドしてくる。「検索した単語の『共犯者』を見つける」。これがこの年表の正しい使い方です。
共犯者……! Google検索だと「Zoom 使い方」とか「Zoom 背景」とか、単体の情報しか出ないもんね。一緒に流行ったものが何かは教えてくれない。
Googleは「答え」を返しますが、「問いの文脈」は返しません。3つの単語が並んでいる理由を読み解くことで、次に何が来るかを予測する力が身につくんですよ。
「3連打検索」とは、ある出来事の近くに並ぶ2〜3の固有名詞をセットで読むテクニックだ。編集者・松岡正剛が意図的に選んだ「並び」には、時代のムードが圧縮されている。個々の意味ではなく、「なぜこの3つが並んでいるのか」を考える。そこが鍵だ。
ハック3:「起源(Origin)検索」 — 最古のヒットまで遡れ
最後に、貴方が今生きている「仮想現実(ヴァーチャル)」のルーツを探してみましょうか。PDFで「ヴァーチャル」と検索して、一番古い年代までジャンプしなさい。
えーと……1990年のVRブーム? ……じゃない。もっと前? ……うそ、古代? 「古代宗教が登場すると、天国や浄土といった『想像上のもうひとつの世界=ヴァーチャルランド』が用意され」って……ちょ、ホントに?
驚きましたか? 貴方たちが最新技術だと思っているVRやメタバースは、古代人が「天国」や「地獄」を作った時からの実装の歴史の延長線上にあるんです。
……やば。VRの起源が宗教って。えっ、Meta のザッカーバーグと古代の宗教家が同じことやってるってこと?
「もうひとつの世界を構築して、人々をそこに没入させる」という設計思想は、まったく同じです。メディアが石板から紙へ、紙からスクリーンへ変わっただけ。「宗教」で検索すれば、それがいつ「戦争」の道具になり、いつ「サブカルチャー」へ変質したかがわかる。一語を検索するだけで、5万年の「概念のバージョン管理履歴(Git Log)」が見られるわけです。
Git Log……! そう考えると、確かにこの本、人類史の巨大なリポジトリだ。git log --all --oneline を叩いた時に出てくるコミット履歴と同じじゃん。
いい例えですね。そして、git blame で「誰がいつこの行を書いたか」を追跡するように、起源検索で「この概念はいつ誰が最初にコミットしたか」を追跡できるんです。
「起源検索」は、ある概念や技術のキーワードで検索し、最も古いヒットまで遡るテクニックだ。「最新技術」だと思っていたものが、実は何千年も前から形を変えて実装されてきた――そのことに気づける。概念のルーツを知ることは、本質を理解する最短ルートだ。
3つのハックまとめ
| ハック | 操作 | 得られるもの |
|---|---|---|
| 同期検索 | 同じ年代の別トラックを見る | 因果関係・時代の構造 |
| 3連打検索 | 近くに並ぶ固有名詞をセットで読む | 時代のムード・次の予測 |
| 起源検索 | 最古のヒットまで遡る | 概念の本質・Git Log |
……ただの年表だと思ってたけど、これ「人類史の巨大なログファイル」じゃん。Ctrl+F で飛んだ先で、横(トラック)を見て、縦(時間)を見る。下手にググるより「文脈」の解像度上がるかも。……ちょ待って、「暗号」で起源検索したらどこまで遡れるか試していい?
(少し驚いて) ……どうぞ。止めませんよ。
(Ctrl+Fを連打しながら) シーザー暗号……いや、もっと前……あった! 古代メソポタミアの粘土板暗号! やっば、暗号の起源がSSL証明書じゃなくて粘土板って!
ふふ、やっと「鈍器」の使い方が分かってきたようですね。
ボク的には PDF で検索できればそれでいいんだけど……でもイロハの言う「横を見ろ」は、確かにGoogle検索じゃできない。悔しいけど。
(本をパタンと閉じて) 検索で見つかるのは「点」ですが、そこから「線」と「面」を読み解くのがL-yardの知恵ですよ。さあ、この1kgの鈍器で、貴方の薄っぺらい歴史観を鍛え直してあげますわ。
ちょ、重いって! 足に乗せないで!
まとめ
『情報の歴史21』は、Googleとは異なる「検索エンジン」だ。Googleが「点」を高速に返すのに対し、この年表は「面」を見せてくれる。同期検索で横の文脈を。3連打検索で時代のムードを。起源検索で概念の本質を掴む。
情報過多の時代に必要なのは、検索スピードではなく「文脈を読む力」だ。たまにはCtrl+Fの手を止めて、横と縦に目を走らせてみてほしい。1kgの鈍器が、画面の向こうでは見えない「世界の構造」を教えてくれるはずだ。
この3つの検索ハックの背景にある松岡正剛の「編集工学」と、『情報の歴史21』の全体像については、完全版ガイド「『情報の歴史21』をハックする」(前編 / 後編)で詳しく解説している。
イロハの本棚
この記事で触れた書籍と、さらに深く知りたい人への推薦図書。
メイン書籍
『情報の歴史21 — 象形文字から仮想現実まで』 松岡正剛 監修(編集工学研究所)
イロハの一言: 「1kgの質量に5万年の人類史が圧縮されている。Ctrl+Fでは絶対に見つからない『文脈』が、見開きを横に読むだけで浮かび上がります」
関連書籍
- 『知の編集術』 松岡正剛 — 編集工学の入門書。情報の「つなげ方」を体系的に学べる1冊