この本について
『デザインのデザイン』は、グラフィックデザイナーにして無印良品のアートディレクターを務める原研哉が、2003年に岩波書店から刊行したデザイン論だ。
原研哉は1958年生まれ。日本デザインセンター代表取締役を務め、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや愛知万博のポスターなどを手がけてきた。しかし彼の仕事でもっとも知られているのは、無印良品の「何もないけれど、すべてがある」ブランドコミュニケーションだろう。
本書のテーマは「デザインとは何か」という根源的な問いだ。ただし、ここでいう「デザイン」は狭義の造形行為ではない。原研哉にとってデザインとは、世界の見え方を更新する行為——つまり、ものごとを「未知化」し、新鮮な目で捉え直すことだ。
約220ページ。文章は平易だが思索は深い。デザイナーでなくても、「ものを見る」すべての人に向けて書かれた一冊である。
こんな人におすすめ
- 「デザインセンスがない」と思い込んでいる人 - デザインは才能ではなく「見方」の問題であることを知れる
- Webデザイナー・UIデザイナー - 装飾を削ぎ落とす勇気と、その根拠となる思想を手に入れられる
- 無印良品の哲学に興味がある人 - 「これでいい」というブランドメッセージの裏にある思想がわかる
- 日本文化・美意識に関心がある人 - 「白」「空」「簡素」がなぜ美しいのか、理論的に説明される
- マーケティング・ブランディング担当者 - 「足す」のではなく「引く」ことで価値を生むアプローチが学べる
読みどころ
RE-DESIGN——日常の未知化
本書の冒頭を飾るのが「RE-DESIGN」プロジェクトだ。建築家・プロダクトデザイナー・ファッションデザイナーなど、第一線のクリエイターたちに「日用品のリデザイン」を依頼した企画である。
たとえば、建築家の坂茂はトイレットペーパーを「四角く」した。丸い芯を四角にするだけで、積み重ねやすくなり、引き出すときに「カタカタ」と抵抗が生まれて無駄遣いが減る。
デザインとは、ものの本質に近づくためにある。
この言葉が本書全体を貫くテーマだ。リデザインは「改良」ではなく「本質の再発見」。日常に埋没したものを未知の目で見直すことこそ、デザインの起点だと原研哉は語る。
白の思想
本書のもっとも核心的な章が「白」についての考察だ。
原研哉にとって「白」は単なる色ではない。白は「空(から)」であり、そこにあらゆる可能性が宿る器だ。無印良品のパッケージが白を基調とするのは、コスト削減ではなく、この哲学に基づいている。
日本の文化には「白」を特別視する伝統がある。神道の白装束、能舞台の白い板、和紙の白——いずれも「何もないこと」によって無限の意味を受け入れる「空の容器」として機能する。
この思想は、Web/UIデザインにも直接応用できる。ホワイトスペースは「何も置かなかった場所」ではなく、意図を持って空けた、意味のある余白だ。
情報の建築
原研哉は「情報の建築」という概念を提唱する。建築が物理的な空間を設計するように、デザインは情報の空間を設計する——という考え方だ。
たとえば、長野オリンピックの開・閉会式プログラム。原研哉は「雪」をテーマに、表紙に特殊な半透明紙を使い、めくるたびに情報が徐々に現れる構造を設計した。情報を「一度に見せる」のではなく、「出会いの体験」として設計したのだ。
| アプローチ | 一般的なデザイン | 原研哉のデザイン |
|---|---|---|
| 情報提示 | 効率よく伝える | 出会いを設計する |
| 余白 | 使えなかったスペース | 意味を持つ空間 |
| 素材 | 機能のための手段 | 体験の一部 |
| 装飾 | 魅力を加える | 本質に近づくため引く |
無印良品の「空」
本書の後半では、無印良品のブランド戦略について詳しく語られる。
原研哉が2002年に無印良品のアートディレクターに就任して最初に打ち出したコンセプトが「空」(EMPTINESS)だ。「これがいい」ではなく「これでいい」——その微妙な違いに、無印良品の本質がある。
「これがいい」は特定の嗜好の肯定。「これでいい」は、不要な個性を削ぎ落とした先にある普遍的な満足だ。ブランドの世界では「差別化」「独自性」が叫ばれるが、原研哉は逆の道を行く。個性を消すことで、すべての人に開かれた「空の器」を作る。
この逆説的なブランド戦略は、ミニマルデザインの真の意味を教えてくれる。
実践への活用
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ホワイトスペースの再評価 - 自分のデザインで余白を「もったいない」と感じたら、それは情報を詰め込みすぎているサイン。余白は沈黙であり、沈黙は言葉と同じくらい雄弁だ。
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引き算のデザイン - 新しい要素を追加する前に「これを取り除いたらどうなるか?」と問う。原研哉の言葉を借りれば、デザインの本質は「足す」ことではなく「本質に近づく」ことだ。
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日常の未知化 - 毎日使うもの——マグカップ、椅子、ドアノブ——を「初めて見るもの」として観察する習慣をつける。デザインの感性は、見慣れたものの中に新しさを発見する力だ。
関連書籍
- 『白』原研哉 - 「白」の思想をさらに深く掘り下げた姉妹書
- 『日本のデザイン——美意識がつくる未来』原研哉 - 日本文化のアイデンティティとデザインの関係を論じる
- 『なるほどデザイン〈目で見て楽しむ新しいデザインの本。〉』筒井美希 - より実践的なデザイン入門書
- 『侘び・数寄・つくろい』堀口捨己 - 日本建築から見た「引き算の美学」
まとめ
『デザインのデザイン』は、デザインの「技法」ではなく「思想」を語る本だ。Photoshopの使い方やレイアウトのルールは一行も書かれていない。その代わりに、「なぜデザインするのか」「デザインとは世界をどう見ることなのか」という根本的な問いへの答えがある。
原研哉が示すのは、情報過多の時代における「引き算」の力だ。足すのではなく引く。埋めるのではなく空ける。その結果として生まれる「白」の中に、受け手それぞれの想像力が宿る。
Webデザインでもプロダクトデザインでも、「もっと目立たせよう」「もっと情報を載せよう」という誘惑は常にある。その誘惑に対抗する思想的な支柱として、本書は手元に置いておきたい一冊だ。