本が視点を変える瞬間
ハクアがデスクに突っ伏している。画面にはコードエディタが開いているが、手は止まっている。イロハがコーヒーを二つ持って入ってきた。
読む前と読んだ後で世界が違う
L-yard 編集室。午後。
どうしました、ハクアちゃん。バグですか?
(顔を上げずに) バグじゃない。設計ミス。アーキテクチャごと間違ってた。
それは……辛いですね。何がきっかけで気づいたんですか?
(本を持ち上げる) これ。『Clean Architecture』。週末に読んだら、自分のコードが全部アンチパターンに見えてきた。
イロハが微笑む。
……それは、本が視点を変えた瞬間ですね。
視点を変えたっていうか、目を覚まされたっていうか。読む前は「動いてるからOK」だったのに、読んだ後は「なんでこんな依存関係にしたんだ」って自分にキレてる。
読む前の自分に戻れない。良い本は、常にそうです。
知識の「インストール」
ねえイロハ、イロハにもある? 1冊で世界の見え方が変わった経験。
ありますよ。わたしの場合は『色彩論』——ヨハネス・イッテン。
色の本でしょ? それで何が変わるの?
(窓の外を見ながら) それまでわたしは、配色を「感覚」で選んでいました。きれいかきれいじゃないか。でもイッテンは、色の調和に法則があると教えてくれた。補色対比、寒暖対比、面積対比——。
つまり、感覚を言語化するフレームワークを手に入れた。
その通り。読んだ日を境に、街を歩いていても看板の配色が「寒暖対比だ」と見えるようになった。スーパーの陳列棚が「面積対比を使っている」と分析できるようになった。
ハクアが目を丸くする。
……それ、OSのアップデートみたいだね。同じ世界なのに、レンダリングが変わる。
(少し嬉しそうに) いい比喩です、ハクアちゃん。
読むだけでは変わらない
でもさ、本って読んだだけじゃダメじゃない? ボクも技術書たくさん読んでるけど、忘れるし。
それは正しい指摘です。知識が視点を変えるには、読んだ後の行動が必要です。
行動?
ハクアちゃんが『Clean Architecture』を読んで、「自分のコードが間違っている」と気づいた。それは、ハクアちゃんが実際にコードを書いているからです。書いていない人が同じ本を読んでも、「ふーん」で終わる。
……あー、わかる。経験がないと引っかからない。
ええ。本は「種」です。種が芽を出すには、経験という「土壌」が必要。逆に言えば、経験を積んでからもう一度読むと、初読では気づかなかった層が見えてくる。
ハクアが背もたれにもたれる。
じゃあ、良い本って「再読する価値がある本」ってこと?
そう。わたしは『色彩論』を3回読んでいますが、毎回違う発見があります。1回目は理論の理解。2回目は実践との接続。3回目は——
3回目は?
イッテンが書かなかったことが見えてくる。
5冊でいい
ボク、積読が30冊くらいあるんだけど。
(苦笑) 多いですね。
全部読まなきゃって思うと逆に読めなくなるんだよね。
ハクアちゃん。視点を変える本は、人生で5冊もあれば十分です。
5冊? 少なくない?
本当に世界の見え方を変える本は、それほど多くありません。30冊の積読のうち、「これを読まないと損している」と感じる本が1冊でもあるなら、他の29冊は後回しにしてその1冊を読むべきです。
ハクアが積読タワーを見つめる。
……1冊か。じゃあ、まずは『Clean Architecture』を読み直して、実際にリファクタリングする。それが「土壌」ってやつだよね。
完璧な答えです。
イロハの本棚
この記事で触れた書籍と、さらに深く知りたい人への推薦図書。
メイン書籍
『Clean Architecture』 ロバート・C・マーチン(KADOKAWA、2018年)
イロハの一言: 「コードを書く人が読めば、設計の見え方が変わります。書かない人が読んでも、組織設計のヒントになる。」
関連書籍
- 『色彩論』 ヨハネス・イッテン — 色の法則を体系化した教育書。配色の「なぜ」がわかる
- 『リーダブルコード』 Dustin Boswell & Trevor Foucher — コードの読みやすさに特化した名著
- 『知的生活の設計』 堀正岳 — 読書を「仕組み」として設計する