色の名前には物語がある
CSSで color: rebeccapurple と入力するとき、その一行に6歳で夭折した少女への追悼が込められていることを知る開発者はどれほどいるだろうか。
デジタルデザイナーが日常的に扱う色名の多くは、歴史的事件、科学的発見、偶然の産物、そして時に人間の愚行から生まれた。本記事では、CSSの色名に刻まれた物語、人命を奪った危険な顔料の歴史、日本の伝統色の意外な由来、そして現代アートを揺るがす「黒」の独占論争まで、色の名前の裏側を紐解く。
CSS色名に刻まれた物語
RebeccaPurple (#663399):父の愛とコミュニティの祈り
CSSの色名リストの中で最も感動的な由来を持つのが rebeccapurple である。
この色は、CSSの標準化に多大な貢献をしたウェブ開発者**エリック・メイヤー(Eric Meyer)**の娘、レベッカ・アリソン・メイヤーに捧げられたものだ。レベッカは脳腫瘍のため、6歳の誕生日のわずか数時間後にこの世を去った。彼女が生前こよなく愛したのが「紫色の輝き」であった。
ウェブコミュニティはレベッカを追悼するため、#663399 を beccapurple として登録しようと提案した。しかしエリックは、「彼女は6歳になったら『ベッカ(Becca)』ではなく『レベッカ(Rebecca)』と呼ばれたがっていた」として、rebeccapurple という名前を希望した。
この提案はW3Cに承認され、現在ではすべての主要ブラウザでサポートされている。技術仕様書に個人の名前が刻まれた極めて稀な例であり、無機質なコードの中に人間の温もりを残す色として、開発者の間で語り継がれている。
AliceBlue (#F0F8FF):大統領の娘とヒットソング
非常に淡い青色 aliceblue は、第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトの娘、アリス・ルーズベルト・ロングワースに由来する。
彼女の青い瞳と、好んで着用した青いドレスは、20世紀初頭のアメリカ社交界でセンセーションを巻き起こした。この流行は「Alice Blue Gown」というヒット曲を生み出し、ブロードウェイミュージカルでも歌われるほどの大衆文化となった。
X11カラーおよびCSSの色名として採用されたことで、100年以上経った今もデジタルの世界にその名が残っている。
NavajoWhite (#FFDEAD):アパートの壁の色
黄みがかった白 navajowhite は、ナバホ族の旗の背景色に由来するという説がある一方で、1970〜90年代のアメリカの建売住宅やアパートの内装色としても知られている。
煙草のヤニや指紋が目立ちにくいという実利的な理由で採用されていたこの色は、現在では「古臭いアパートの色」という別のイメージも付きまとう。コードの中では上品な名前だが、その実態は意外と庶民的である。
GhostWhite (#F8F8FF):UI設計で重宝する「幽霊の白」
文字通り「幽霊のような白」を意味する ghostwhite は、純白 #FFFFFF の眩しさを抑えた、わずかに青みを帯びた白である。現代のUIデザインでは、清潔感を保ちつつ目に優しい背景色として実用性が高く、デザイナーが好んで使う色の一つとなっている。
X11カラーの混沌:クレヨン箱から生まれた矛盾
ウェブカラーの基盤となったX11の色名リスト(rgb.txt)は、1980年代の開発者たちが手元のクレヨン箱(Crayola)を見ながら名付けたものが多い。結果、以下のような矛盾が今も残っている。
DarkGray は Gray より明るい
darkgray: #A9A9A9(明度66%)gray: #808080(明度50%)
暗いはずの色が明るいという、名前と実態の逆転が起きている。
LightPink は存在するが DarkPink は存在しない
ピンクに対応するダークバリエーションが定義されていない。CSSのカラーネームシステムには体系性が欠けている部分がある。
orange は後から追加された
orange は当初CSS仕様に含まれていなかったが、テストスイートでの誤用(テスターが orange を書いてしまい、それがテスト通過の前提になった)が原因で後から追加されるという珍事が起きた。
これらの混沌は、色名システムが一貫した設計思想の下ではなく、長年の積み重ねで成り立っていることを示している。
歴史の闇に葬られた危険な顔料
かつて画家たちが愛した色の中には、現代では考えられない材料や危険性を持つものが存在した。
Mummy Brown(ミイラ茶):死体を塗る芸術
16世紀から20世紀半ばまで、「マミーブラウン」という絵具が実在し、広く使われていた。
この顔料の主成分は文字通り「古代エジプトのミイラ」である。ミイラの肉とアスファルト(防腐剤)を粉砕して作られたこの色は、独特の透明感と深みを持っていた。
19世紀に正体が一般に知られるようになると、画家たちは戦慄した。ラファエル前派の画家エドワード・バーン=ジョーンズは、持っていた絵具が本物のミイラだと知り、即座にチューブを庭に埋葬したという逸話が残っている。
1964年、製造元が「もうミイラが手に入らなくなった」として生産を終了した。材料の枯渇で消えた顔料という、人類史でも類を見ない結末である。
Scheele’s Green(シェーレ緑):ナポレオンを殺した壁紙
1775年に発明された「シェーレ緑」は、鮮やかなエメラルドグリーンとしてヴィクトリア朝のドレス、壁紙、玩具に大流行した。
しかしその成分は亜ヒ酸銅、つまり猛毒のヒ素である。
湿気の多い部屋にこの壁紙を貼ると、カビが顔料を分解して有毒なアルシンガスを発生させた。セントヘレナ島に幽閉されたナポレオンの遺髪から高濃度のヒ素が検出されたことから、彼の死因は寝室の緑色の壁紙によるヒ素中毒だったという説が有力視されている。
美しい緑色への渇望が、知らず知らずのうちに人命を奪っていた時代があった。
Indian Yellow(インディアンイエロー):牛の虐待と禁止令
鮮やかな黄色顔料であるインディアンイエローは、ベンガル地方で**「マンゴーの葉だけを食べさせた牛の尿」**から作られたと伝えられている。
この残酷な製法により牛は栄養失調で短命となり、動物虐待として1908年に製造が禁止された。現在市販されているインディアンイエローは合成顔料であり、牛の尿は使われていない。
日本の伝統色に隠された意外な物語
日本の伝統色(和色)は、自然・文学・階級社会と深く結びついている。既存の日本の伝統色ガイドで紹介しきれなかった逸話を取り上げる。
利休茶(りきゅうちゃ):茶聖の名は後付け
利休茶は千利休にちなんだ緑がかった茶色だが、この色が流行したのは利休の死後、江戸時代に入ってからである。
当時の庶民は、幕府の奢侈禁止令により派手な色を着用できなかった。そこで「四十八茶百鼠」と呼ばれる微妙な茶色や鼠色のバリエーションを楽しみ、中でも特に洗練されたこの色に、敬愛する茶人の名を冠した。制約の中から生まれた美意識の結晶である。
新橋色(しんばしいろ):明治のハイカラを象徴する青緑
新橋色は、明治時代後期に登場した明るい青緑色である。化学染料の輸入により、植物染料では表現できなかった鮮やかな色が可能になった時代の産物だ。
東京・新橋の芸者たちがこの新色をこぞって着物の色として取り入れたことから「新橋色」と呼ばれ、ハイカラ(西洋風の流行)の象徴となった。伝統的な色名の多くが植物や自然現象に由来する中、この色だけは地名が名前の由来である点が珍しい。
猩々緋(しょうじょうひ):酒好きの妖怪の赤
非常に鮮やかな赤色「猩々緋」は、中国の伝説上の生き物「猩々(しょうじょう)」に由来する。猩々は酒を好み、赤い顔と赤い毛を持つとされる妖怪である。
能の衣装や戦国武将の陣羽織など、力強さや祝祭性を表現する場面で好んで用いられた。酒飲みの妖怪が名の由来というのは、日本の色名ならではの豊かさである。
現代の色彩論争:Vantablackとピンクの戦争
色を巡る争いは21世紀にも続いている。
世界で最も黒い物質の独占
2014年、光の99.965%を吸収する超黒色物質Vantablackが開発された。肉眼で見ると三次元の物体が完全な「穴」に見えるという驚異的な素材である。
しかし、著名な彫刻家アニッシュ・カプーアが芸術用途での独占使用権を取得したことで、アート界全体から激しい非難を浴びた。「色は誰のものでもない」「一人のアーティストが色を独占するのは芸術の精神に反する」という批判が世界中から集まった。
ピンクの反撃
これに反発したアーティスト、ステュアート・センプルは「世界で最もピンクなピンク(The World’s Pinkest Pink)」を開発し、販売条件として以下の誓約を課した。
「購入者はアニッシュ・カプーアではないこと。彼に関連していないこと」
カプーアはこの条件を破り、友人経由でピンク顔料を入手。自身の中指にピンクを塗った写真をSNSに投稿するという挑発的な行為に出た。
センプルはさらに「Black 3.0」(光の99%を吸収する塗料)を一般向けに開発・販売し、「色の民主化」を推進。この一連のやりとりは、色彩の所有権と芸術の自由を問う現代アート界の重要な議論となっている。
知っておきたい難読・希少色名
デザインの引き出しを増やす、知る人ぞ知る色名を紹介する。
| 色名 | 読み | 意味・由来 |
|---|---|---|
| Isabelline | イザベリン | 黄みがかった灰色。17世紀、オーストリア大公妃イザベラが「夫が戦に勝つまで下着を替えない」と誓い、包囲戦が3年続いた結果変色した下着の色という伝説がある(俗説の可能性が高い) |
| Glaucous | グラウカス | 植物の葉や果実に見られる白粉を帯びた青緑色。ブドウやキャベツの表面のあの色 |
| Smaragdine | スマラグダイン | エメラルドのような緑。「Smaragd」はエメラルドの古語 |
| Coquelicot | コクリコ | 鮮やかな赤橙色。フランス語でヒナゲシ(ポピー)の意味 |
| Feldgrau | フェルトグラウ | くすんだ緑灰色。ドイツ軍の制服色として知られる |
| Zinnwaldite | ツィンヴァルダイト | 茶色がかった灰色。鉱物名に由来 |
ブランドカラーの意外な由来
テック企業のブランドカラーにも、意外な裏話が存在する。
Facebook (#1877F2):色覚特性が決めた青
創業当時のマーク・ザッカーバーグは赤緑色覚異常(色弱)であり、青が最も識別しやすい色だったとされる。SNSの代名詞となった「あの青」は、創業者の目の特性が出発点であった。
Google:ルールを破る4色
Googleロゴの4色(青 #4285F4、赤 #EA4335、黄 #FBBC05、緑 #34A853)には意図がある。三原色(赤・青・黄)の並びの中に突如「緑(二次色)」が入ることで、「Googleはルールに従わない」という遊び心を表現しているという解釈がある。
Netflix (#E50914):映画館の赤
Netflixの赤は、映画館の赤いカーテンやレッドカーペットを想起させる、非常に強い赤である。「映画体験」そのものをブランドカラーに落とし込んだ選択だ。
Pantone Color of the Year:時代の空気を読む色
Pantone社が2000年から選定する「Color of the Year」は、デザイン業界全体のトレンドを方向づける指標である。社会情勢・心理的ムード・技術トレンドを反映する。
| 年 | 色名 | Pantone | テーマ |
|---|---|---|---|
| 2024 | Peach Fuzz | 13-1023 | 混乱する世界における安らぎと癒やし |
| 2023 | Viva Magenta | 18-1750 | コロナ禍後の力強さ、テクノロジーと自然の融合 |
| 2022 | Very Peri | 17-3938 | 変革の時代のための新色。青に赤のエネルギーを融合 |
これらの選定は毎年秋に発表され、翌年のファッション、インテリア、グラフィックデザイン、さらにはWebデザインのトレンドカラーにまで影響を及ぼす。
色名を活かしたデザインの3つのTips
-
CSS色名はプロトタイプに活用する — 開発初期段階では
rebeccapurpleやcoralのような色名を使い、コードの可読性を高める。本番ではデザイントークンに置き換えればよい -
色名の物語をブランディングに組み込む — 例えば「北極の静寂をイメージした配色」と説明すればNordのパレットの説得力が増す。色の選定理由にストーリーを添えることで、デザインの説得力が格段に上がる
-
歴史的な色名を差し色に使う —
coquelicot(ヒナゲシの赤橙)やsmaragdine(エメラルド緑)のような希少色名は、ポートフォリオやクリエイティブ系のプロジェクトで個性を演出できる
よくある質問
Q. CSSの色名は全部でいくつあるか
CSS Level 4仕様では148色が定義されている。X11カラーシステムを継承しつつ、rebeccapurple のように後から追加された色もある。
Q. rebeccapurpleはいつから使えるのか
2014年にCSS Color Level 4仕様に追加され、現在はすべての主要ブラウザ(Chrome、Firefox、Safari、Edge)でサポートされている。
Q. DarkGrayがGrayより明るいのは修正されないのか
歴史的な互換性のため修正は困難である。X11カラーシステムの命名がそのままCSS仕様に取り込まれた結果であり、破壊的変更を避けるため現状維持が続いている。
Q. シェーレ緑は現在も使われているか
顔料としては製造・使用されていない。ただし「シェーレ緑」という色名は残っており、現代の合成顔料や塗料ではヒ素を含まない安全な代替品が使われている。
Q. Vantablackは購入できるか
一般向けには販売されていない。ただしステュアート・センプルが開発した「Black 3.0」(光の約99%吸収)は誰でも購入可能で、Vantablackに近い効果が得られる。
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※ 本記事は2026年2月時点の情報に基づく。