シムとリアルの境界線 — バーチャルの技術は現実に通用するか
ハクア
イロハ
sim-racing 対話形式

シムとリアルの境界線 — バーチャルの技術は現実に通用するか

iRacingで磨いたブレーキングは実車でも使えるのか。シムレーシングと実際のドライビングの共通点と決定的な違いを、ハクアとイロハが身体性の観点から議論する。

シムレーシングドライビング身体性バーチャル知識と実践

シムとリアルの境界線

ハクアが珍しく興奮した様子で編集室に入ってきた。手にはサーキットの入場チケットを握っている。


初めてのサーキット体験

L-yard 編集室。月曜の朝。

ハクア
ハクア

イロハ! 週末、富士スピードウェイの走行会に行ってきた!

イロハ
イロハ

(驚いて) ハクアちゃんが……外出? しかもサーキット?

ハクア
ハクア

うるさいな。iRacingで富士を何百周も走ってるんだから、一度は本物を走ってみたかったの。

イロハ
イロハ

それで、どうでした?

ハクアが一瞬黙る。

ハクア
ハクア

……正直に言うと、ビビった。


転送できるスキル、転送できないスキル

イロハ
イロハ

何にビビったんですか?

ハクア
ハクア

まず、Gがすごい。iRacingだとブレーキングで数字が見えるだけだけど、実車だとシートベルトが食い込んで、身体が前に持ってかれる。コーナーでは首が横に引っ張られる。

イロハ
イロハ

シミュレーターが再現できない身体への力ですね。

ハクア
ハクア

うん。で、面白いのが、ライン取りとブレーキングポイントはiRacingの知識がそのまま使えた。「ここで踏む」っていうタイミングは合ってた。でも、ブレーキの踏み方が全然違う。

イロハ
イロハ

踏み方?

ハクア
ハクア

シムだとペダルは一定の硬さだけど、実車のブレーキはタイヤのグリップと連動して感触が変わる。ABS作動する瞬間の振動とか、シムには絶対にない。

イロハがメモを取り始める。

イロハ
イロハ

整理しましょう。シムから実車に転送できるスキルできないスキル

転送可能転送不可
ライン取りの知識ブレーキの踏力加減
ブレーキングポイントG(横G・縦G)の身体感覚
レース戦略・判断力タイヤの温度感覚(グリップ変化)
コースレイアウトの記憶視覚の違い(奥行き・速度感)
天候変化への対応判断恐怖心とアドレナリン

身体がない知識の限界

イロハ
イロハ

これは、わたしがよく話す「身体性」の問題そのものです。

ハクア
ハクア

出た、イロハの身体性論。

イロハ
イロハ

(微笑んで) ハクアちゃんは今、身体で理解したはずです。知識は頭にあるが、技術は身体にある。シムは頭の知識を鍛えるのに最適ですが、身体の技術は実車でしか獲得できない。

ハクア
ハクア

……悔しいけど、その通りだ。ボクのiRacingのレーティングは結構高いのに、実車では初心者にしか追いつけなかった。

イロハ
イロハ

でも、まったくの初心者よりは圧倒的に上手だったのでは?

ハクア
ハクア

(考えて) ……まあ、そうだね。走ったことないコースでも、シムの経験がある人はライン取りで迷わない。周りの初心者が「どこで曲がるんだっけ」ってなってる間に、ボクは最初から正しいラインを走れた。

イロハ
イロハ

つまり、シムは「知識のブートストラップ」としては非常に優秀。

ハクア
ハクア

ブートストラップ。なるほど、起動時の初期ロードか。


プロドライバーはシムをどう使うか

ハクア
ハクア

でもさ、実際のF1ドライバーもシム使ってるよね。ランド・ノリスはiRacing上位勢だし、マックス・フェルスタッペンもシムレーサーとして有名。

イロハ
イロハ

彼らはすでに身体の技術を持っているからです。身体性は実車で獲得済み。その上で、シムを使って新しいサーキットのライン学習や、セットアップの方向性テストを行う。

ハクア
ハクア

つまり、順番が逆なんだ。プロは「身体の技術があった上でシムを使う」。ボクみたいなアマチュアは「シムの知識があった上で身体を鍛える」。

イロハ
イロハ

どちらのアプローチも有効です。ただし、身体性が欠けた状態で知識だけを積み上げても、実践では半分しか使えない

ハクアがステアリングコントローラーを見つめる。

ハクア
ハクア

……ボク、もっとサーキット行かなきゃだな。

イロハ
イロハ

(嬉しそうに) ハクアちゃんが外に出る理由ができて、わたしは嬉しいです。

ハクア
ハクア

うるさい。


知識と実践のループ

イロハ
イロハ

今日の話を一般化すると、こうなります。

イロハがホワイトボードに描く。

イロハ
イロハ

知識(シム)→ 実践(実車)→ 振り返り(シム)→ 実践。このループを回すことで、知識と身体の両方が鍛えられる。

ハクア
ハクア

プログラミングも同じか。本で学んだアーキテクチャを実際のプロジェクトで使って、うまくいかなかったら本に戻る。

イロハ
イロハ

まさにそうです。どんな分野でも、知識と実践は片方だけでは不完全。両方を行き来するループが、本当のスキルを作る。

ハクア
ハクア

(立ち上がる) よし。まずiRacingで富士を10周走って、週末の走行会で気づいた点を検証する。それからまた実車に乗る。

イロハ
イロハ

完璧なループです。


イロハの本棚

この記事で触れた書籍と、さらに深く知りたい人への推薦図書。

メイン書籍

『ドライビング・テクニック・マスター』 中谷明彦(三栄書房)

イロハの一言: 「プロドライバーが言語化したドライビング理論。シムレーサーが実車に出るときの教科書です。」

関連書籍

  • 『Going Faster!』 Carl Lopez — アマチュアレーサーのためのドライビングバイブル(英語)
  • 『身体知』 諏訪正樹 — 「身体が知っている」とはどういうことかを認知科学から解明

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