5万円で手に入る「第二の身体」——シムレーシングが変えるもの
ハクア
イロハ
sim-racing 対話形式

5万円で手に入る「第二の身体」——シムレーシングが変えるもの

ハンコンのFFBは「ゲームの演出」ではなく「路面情報の伝達」。ロードセルブレーキは身体制御の質的転換。予算別スペックの向こう側にある「身体性の拡張」を、ハクアとイロハが語る。

シムレーシング身体性ハンコンゲーミング哲学

5万円で手に入る「第二の身体」——シムレーシングが変えるもの

ハンドルを握る。アクセルを踏む。ステアリングが路面のざらつきを伝えてくる。

シムレーシングは「ゲーム」だ。だが、良いハンコンを握った瞬間、それは単なるゲームではなくなる。指先が「道路」を知り、足裏が「タイヤの限界」を感じる。画面の中の車が、自分の身体の延長になる。

5万円のハンコンと20万円のハンコン。スペック表だけでは分からない、その差の「正体」を考える。


スペック表の外側

L-yard 編集室の休憩室。シムレーシング機材の前にて。ハクアがホイールベースの箱を開けている

ハクア
ハクア

イロハ、見てよこれ。GT DD Pro、8Nm。ついにダイレクトドライブの世界だよ。

イロハ
イロハ

あら。それまでは何を使っていたんですか?

ハクア
ハクア

G923。ベルトドライブの2Nm。いやもう、全然違うんだって。レスポンスがゼロ遅延だし、トルク4倍だし、静かだし。

イロハ
イロハ

数字はよく分かりましたわ。では、体感として何が変わるんですか?

ハクア
ハクア

え? だから、トルクが4倍で——

イロハ
イロハ

それは「数字が変わった」という説明ですわね。ハクアちゃんの「手」に何が起きたのか、を聞いていますの。

ハクア
ハクア

……あー。えーと。……なんて言えばいいんだろ。

イロハ
イロハ

(少し微笑んで) 言語化できない、ということは、それだけ身体的な体験だということですわ。

ハクア
ハクア

……うん。なんかね、G923のときは「ゲームの演出」って感じだったの。振動が来る、抵抗がある、っていう。でもDD Proにしたら、「道路が見える」んだよ。手で。

イロハ
イロハ

「手で道路を見る」。素敵な表現ですわね。

FFB——フォースフィードバック。多くの人はこれを「ゲームのリアルさを高める演出」だと思っている。ステアリングが重くなったり、振動したり。

だが、シムレーシングにおけるFFBの本質は「演出」ではない。路面情報の伝達だ。

タイヤがどれだけグリップしているか。路面の凹凸はどうか。アンダーステアが出始めているか。これらの情報が、ステアリングを通じて手のひらに伝わる。良いFFBは、プレイヤーの手を「車のセンサー」にする。

FFB方式トルク情報伝達体感
ギアドライブ~1.5Nm粗いガタガタする振動
ベルトドライブ~2.5Nm中程度重さは感じるが曖昧
ダイレクトドライブ~8Nm+精密路面の「質感」が手に伝わる
ハクア
ハクア

そう、それ! G923だと「なんか重い」だったのが、DD Proだと「このコーナーの出口は少し荒れてる」まで分かるんだよ。

イロハ
イロハ

つまり、2Nmと8Nmの差は「パワーの差」ではなく、「解像度の差」なんですわね。

ハクア
ハクア

……解像度。あー、そういう言い方するとしっくりくるかも。


ブレーキを踏む、ということ

イロハ
イロハ

ところでハクアちゃん、ペダルも変えましたの?

ハクア
ハクア

うん。ロードセルブレーキにした。Load Cell Kit追加しただけだけど。

イロハ
イロハ

感想は?

ハクア
ハクア

(即答で) 世界が変わった。

イロハ
イロハ

まあ。随分と大きく出ましたわね。

ハクア
ハクア

いや本当に。今までのブレーキって、踏む「量」——つまりペダルがどこまで沈んだかで制御してたの。でもロードセルは踏む「力」で制御する。これが全然違う。

イロハ
イロハ

……もう少し詳しく聞かせてくださいませ。

ハクア
ハクア

えーと。ポテンショメーター式だと、「ペダルを70%の位置まで踏む」っていう操作なの。でも実車のブレーキって、奥に行くほど硬くなるでしょ? ロードセルはその「硬さに対してどれだけ力を入れるか」で制御する。足裏の圧力がそのまま制動力になる。

イロハ
イロハ

つまり、「位置の制御」から「力の制御」への転換ですわね。

ハクア
ハクア

そうそう! で、これって実は身体的にすごい違いでさ。位置制御だと「目で見て足を動かす」感じなんだけど、力制御だと「足が覚えてる」感じになるの。

イロハ
イロハ

ふふ。ハクアちゃん、それは「手続き記憶」ですわ。自転車に乗るのと同じ。頭で考えるのではなく、身体が覚える。

ここで少し、シムレーシングの外の話をしよう。

私たちが日常的に触れるデジタルインターフェースの多くは、「抵抗のない操作」で設計されている。タッチスクリーンはガラスをなぞるだけ。キーボードのキーストロークは浅く軽い。マウスのクリックは指先の微かな力で完結する。

効率的だ。だが、そこに「身体の実感」はあるか。

ロードセルブレーキは、その対極にある。ペダルを踏む力が、ダイレクトに結果に反映される。強く踏めばロックし、絶妙な力加減でトレイルブレーキングが決まる。身体が道具と「会話」している感覚。

シムレーシングにハマる人が多いのは、スペックや映像のリアルさだけではない。「身体を使っている実感」が、デジタルの世界の中で得られるからだ。

ハクア
ハクア

……あー。ボク、ずっと「リアルだから楽しい」って思ってたけど、もしかして違うのかも。「身体を使ってるから楽しい」のかもしれない。

イロハ
イロハ

ええ。ハンコンは楽器に似ていますわ。ピアノのタッチが演奏を変えるように、FFBの質がドライビングを変える。そして、良い楽器は弾き手の身体と「対話」しますの。


5万円の覚悟

ハクア
ハクア

でもさ、こういう話をすると「じゃあ最初から高いの買わなきゃダメなの?」ってなるじゃん。5万円のG923じゃダメなのかって。

イロハ
イロハ

いい質問ですわ。ハクアちゃんは、どう思いますか?

ハクア
ハクア

うーん……。正直、G923でも十分楽しかったよ。ボクはG923で200時間以上走ったし。FFBが「粗い」って言ったけど、それでもパッドコントローラーとは天と地の差だったし。

イロハ
イロハ

つまり、5万円の機材でも「身体の拡張」は起きるんですわね。

ハクア
ハクア

うん。解像度は低いけど、「手でハンドルを回して車を操る」っていう根本は同じだから。

イロハ
イロハ

では、なぜ多くのガイドが「まずは安く始めて、合わなければ撤退」と書くのでしょう?

ハクア
ハクア

そりゃ、いきなり20万円はリスクでかいでしょ。合わなかったら……。

イロハ
イロハ

「合わなかったら」。その前提が、少し気になりますわ。

ハクア
ハクア

え?

イロハ
イロハ

ハクアちゃん。「安いからとりあえず試す」という姿勢と、「これに5万円を賭ける」という姿勢は、同じ5万円でも得られるものが違いませんか?

ハクア
ハクア

……。

イロハ
イロハ

CDの話を覚えていますか? 3,000円を払ったCDは何度も聴き返す。サブスクの無料体験は聴き流す。道具との関係も同じですわ。「いつでも辞められる」前提で始めたものと、「これで上手くなる」と決めて始めたものでは、向き合い方が変わりますの。

ここは意見が分かれるところだ。

「まずは安く試す」は、合理的な選択肢として正しい。5万円で「自分にシムレーシングが合うか」を確認し、合えばアップグレード、合わなければ撤退。損失を最小化する戦略だ。

一方で、「安い機材で始めたからこそ、本来の魅力が伝わらなかった」というケースもある。2NmのFFBでは路面情報の「解像度」が低く、「ゲームの延長」で終わってしまう可能性がある。

アプローチメリットリスク
5万円で試す損失最小化、気軽FFBの魅力が伝わりきらない
10万円で本気DD体験で即没入合わなかった場合の損失大
中古で試すコスト削減状態の見極めが必要
ハクア
ハクア

……でもさ、ボクはG923で200時間走って、そのあとDD Proに替えて「うわ、こんなに違うのか」って感動したわけじゃん。G923がなかったら、DD Proの良さも分からなかったかもしれない。

イロハ
イロハ

ふふ。それは良い視点ですわ。「知らない」からこそ段階を踏む意味がある、と。

ハクア
ハクア

うん。5万円は「撤退用の保険」じゃなくて、「次のステップを見つけるための学費」だったのかも。

イロハ
イロハ

素直でよろしい。結局のところ、機材選びは予算の問題ではなく、「自分の身体とどう向き合うか」の問題ですわ。5万円でも20万円でも、ハンドルを握る手に意識を向けなければ、ただの周辺機器のままですもの。

ハクア
ハクア

(ステアリングに手を置きながら) ……よし。じゃあ今夜のiRacing、いつもより手のひらに集中して走ってみるわ。

イロハ
イロハ

(微笑んで) 道路を「見て」らっしゃい。

シムレーシングの入口は5万円で開く。だが、その先に広がる世界は、スペック表の数字では測れない。

ハンコンとは、デジタル空間に「身体を接続する」ための装置だ。FFBは路面と手をつなぎ、ロードセルは意志と制動力をつなぐ。画面の向こうの車が、指先と足裏を通じて「自分の身体」になったとき、シムレーシングは「ゲーム」から「体験」に変わる。

5万円で始めるか、20万円で始めるか。その判断は各人に委ねるとして、ひとつだけ確かなことがある。ハンドルを握ったら、スペックではなく、自分の手のひらに意識を向けてほしい。そこに伝わるものが、シムレーシングの本当の魅力だから。


イロハの本棚

この記事のテーマをさらに深く考えたい方への推薦図書。

メイン書籍

『道具と身体——「道具の使い方」の人間学』 石田英敬(岩波書店、2010年)

イロハの一言: 「道具を使うとき、道具は身体の一部になる。この本を読むと、ハンコンがなぜ『ただの周辺機器』で終わらないかが分かりますわ」

関連書籍

  • 『アフォーダンスの心理学』 エドワード・リード — 環境が身体に「行動の可能性」を差し出す仕組みを解き明かす
  • 『身体の知性——身体が先、脳はあと』 佐々木正人 — 「身体が考える」とはどういうことか。デジタル時代にこそ読みたい一冊

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L-yard編集部

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  • Amazon・楽天・Yahoo!ショッピングを日常的に利用
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